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妹ヶ谷城③ ~孤高の石塁~

イバラと格闘を続けてどれほど経っただろう・・・
体に絡みつくイバラの棘に触れないようある時は優しく押しのけ、ある時は強引にへし折り、
まるで有刺鉄線の海を突破するが如き困難の時もついに終わりが・・・


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突破・・・!

断崖の細尾根を身軽に歩く曲芸も、ド藪を強行突破する力技も、イバラの前には用をなさず。一言で言うとつらかった。富士山登山よりつらい、とまではさすがにいかないが、御坂城よりも明らかに大変だった。手を使わずに登れるかどうかというのが大きな判断の分かれ目。


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イバラ藪を突破したその上に、ついに人為的地形が現る。山崎先生の図でいうところの城山要害部最下段の腰郭部分。



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最下段郭から見上げると頂上が見えている。ここから斜面を一登りすると再び削平地に到達、眺望良し。山崎先生の図でいうところの下から2段目の郭。



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見上げるとさらに塁壁、その上にもう一つの郭。この城の要害部は主郭の下に3段の腰曲輪を持ついわゆる梯郭式の縄張りとなっています。



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最上段の腰曲輪から見上げた主郭には石塁の姿が。山崎先生の資料や先人の記録からこの石塁の存在は認識していましたが、いざ自分の目で見るとなかなか感動ものであります。あの地獄の斜面を登ってきた後だけにとりわけその度合いは強し。



動画





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片岩を用いた石塁

人もめったに訪れないであろう山上にあって数百年の風雪に耐えた孤高の石塁。よく残ってくれていたものです。



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石塁の上から眺めた腰郭群



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石塁の上が標高730mの城山頂上。この場所に位置する詰城主郭は30m×12mほどの細長い形状。背後の岩がちの尾根は急速に切れ落ちています。山上部だけで見れば規模は大きくありませんが、麓の下曲輪までを含めると総長500m、山一つを丸ごと要害化した大要塞となります。

城の沿革は不詳ながら、三波川流域の最奥地を抑える要害の地であり、三波川地域城全体の詰城的役割を持っていたものと考えられます。普請したのは『風の里』小柏氏か。当然山内上杉氏も影響を及ぼしていたでしょう。

山頂の切り株に腰掛け、周囲の眺めを堪能しつつ、しばしこの城の歴史について思いを馳せていました。



所在:群馬県藤岡市三波川
評価:★★★ 50選に認定

下曲輪からの全域をセットでとらえ50選入り。登城には下曲輪経由よりも林道経由の方が楽ですが、この城のきつさは林道から上の部分がほとんどを占めているため、登城難易度は今でも高いままとなっています(一点思うところがあるルートの存在が浮上しているのですが、確定ではないのでここでは触れないでおきます)。なお、この後の下山時に登り以上に危険な目に遭ったわけですが、それは次の記事にて。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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