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金古代官所 ~崩れゆく代官所~

群馬郵便局から北に進むと、すぐに白壁と木の塀で囲まれた趣のある一角が現れます。ここが金古宿の代官所跡。


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金古代官所

よく見ると周囲の塀がかなり傷んでいることに気が付きます。


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門前には標柱と説明板が設置されています。表記は合併前の群馬町で設置された当時のまま。

群馬町重要文化財 金古神保家大門(表門)

金古宿は、江戸初期に三国街道の宿場町として成立した。神保氏は当地の旗本松田氏の代官として、代々名主も努めた豪農であった。現在、主屋と表門・圏舎が残っている。中でも表門は、総ケヤキ造りで、北側に門番の部屋が付属する。南門柱などに多くの埋木があるのは、慶応4年の世直し一揆に襲撃された際の補修によるものである。(現地説明板参照)


『金古町誌』によると、幕府直轄の天領であった江戸期の旧金古町は、旗本松田領・旗本萩原領・旗本本多領・それと一部沼田藩土岐領などに支配区分が分かれていたようです。旗本松田氏は江戸での在住を任じられていたため、領地の統治(年貢管理など)のため地元の有力者を代官に任命しています。



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よく見ると門の両脇には「忍び返し」状のものが取り付けられており、表門に付属して北側に「門番小屋」、南側に「糾弾所」が残っています。「糾弾所」は罪人の取調べや一時的な留置をした所で、説明板にあった「圏舎」(=牢屋)に該当します。ただこれらの建物、残念ながらかなり荒廃が進んでいます。



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三国街道を挟んで代官所の向かいにあるのは「上の問屋」神保家。代官神保家と同族と思われ、現在も同氏が居住されています。



所在:群馬県高崎市金古町
評価:★☆

個人的にはなかなかに貴重な代官所建造物だと思うのですが、荒廃が進んている点を加味し★一つ分減点。敷地内には主屋も残っていますが、無住状態が続いているようでこちらもかなり荒れています(写真掲載は自重)。個人所有の文化財は維持管理が負担になっている例も多く、行政の助力も限りがあるので、これからは地域全体での協力がないと維持が困難なケースが増えていくと思われます。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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