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桧田城 ~説明板発見!~

2018年2月 前橋探訪part2

茶釜屋敷の探訪後、上毛大橋東の「ヴィラ・ローマ」にて昼食休憩。食べ放題のピザを死ぬほど喰らい、機動力が極限まで低下した状態で探訪再開。続いての探訪地は前橋市高井町に所在した桧田城檜田城)。


IMG_5745.jpg
該当地到着。城域には工場や倉庫が立ち並んでおり、遺構は完全消滅。

遺構がないことはすでに資料で確認していたので、跡地の写真を撮影して満足して次の場所へ向かおうとしたところ・・・


IMG_5747.jpg
なんと!説明板を発見!

これはびっくり。何せこの城に表示物があるという情報は探訪時一切存在していませんでしたからね。っていうか記事作成時の今現在においても表示物情報は出ていません。もっと言えばこの城の探訪記そのものが発見できず。

曰く、この城は蒼海城勝山城の支城であり、勝山城主・関口政次の次男・福島政則の居城であったという。天文12年(1543)武田氏によって焼き払われ、永禄9年(1566)再度武田勢により落城し廃されたといいます。



IMG_5749.jpg
近くにあった「東覚寺跡」の説明板

東覚寺は妙見寺などとともに戦国時代まで栄えていた寺であったが、天文12年に武田により桧田城とともに焼き払われたとのこと。



所在:群馬県前橋市高井町1丁目
評価:

久々の探訪記掲載推定第1号、おまけに説明板発見のご褒美付き。遺構はありませんが、二つの川に挟まれた台地地形は今もそのままです。それにしても武田、旧群馬町編旧榛名町編でも散々出てきましたが、城館も寺院も焼き払ってばっかりでロクなことしないな。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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