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松岸寺館 ~伝・佐々木盛綱館~

2018年11月 安中・松井田探訪 

新寺館の次に向かったのは磯部小学校の北西にある松岸寺。便宜上松岸寺館として掲載します。
なぜ城館表記で掲載するかというと、この地が佐々木盛綱の館と伝わるため。

佐々木盛綱について、以下wikiより抜粋。

佐々木盛綱は、平安時代末期から鎌倉時代初期の武将。加地盛綱とも呼ばれる。近江の宇多源氏佐々木氏棟梁である佐々木秀義の三男として生まれる。幼名(初名)は父の1字を取って秀綱といった。源頼朝に伊豆の流人時代から仕え、その挙兵に従い治承・寿永の乱で活躍。備前国児島の藤戸の戦いでは、島に篭もる平行盛を破った。能の『藤戸』、歌舞伎の『盛綱陣屋』にも登場する。
(中略)
頼朝が没した後の建久10年(1199年)3月22日には、出家しており西念と称する。建仁元年(1201年)4月3日、上野国磯部郷に在り、城資盛・坂額御前の反乱の制圧を命じられる。命令は4月5日に西念の下に届き、越後国鳥坂城に構える城資盛を激戦の末に破った(建仁の乱)。牧氏事件では、元久2年(1205年)閏7月26日京に在った平賀朝雅を討つ軍に加わる。



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礒明山 松岸寺

天歴6年(952)の開基と伝えられる古刹。



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本堂の奥にある「松岸寺の五輪塔」(群馬県指定重要文化財)

五輪塔とは「地・水・火・風・空」の五輪を「方・円・三角・半月・団」で表した石塔。



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二基の五輪塔のうち一基は風・空輪を失っているが、完形の方は正応六年(1293)の造建で、完形で在銘のものとしては県内最古のものであるとのこと。これらが佐々木盛綱夫妻の墓と言い伝えられています。



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隣の石碑にも佐々木盛綱の名が刻まれていました。



所在:群馬県安中市磯部磯部4丁目
評価:

城館としての遺構は特にありませんが、県指定の五輪塔と表示物でプラス。佐々木盛綱の没年は不詳で、生年は仁平元年(1151)とされているので墓としては年代が合いませんが、供養塔と考えれば佐々木盛綱夫妻のものとしても不思議はありません。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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