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八本木旧立場茶屋 ~隣に日本三地蔵~

2018年11月 安中・松井田探訪

五十貝家茶屋本陣から旧中山道を西に進み、安中二中・六本木公園を過ぎた場所にあるのが八本木旧立場茶屋。「立場」とは主要街道の宿場町が遠い場合や峠のような難所に設けられた休憩施設のこと。

江戸時代の宿場は、原則として、道中奉行が管轄した町を言う。五街道等で次の宿場町が遠い場合その途中に、また峠のような難所がある場合その難所に、休憩施設として設けられたものが立場である。茶屋や売店が設けられていた。俗にいう「峠の茶屋」も立場の一種である。馬や駕籠の交代を行なうこともあった。藩が設置したものや、周辺住民の手で自然発生したものもある。また、立場として特に繁栄したような地域では、宿場と混同して認識されている場合がある。
この立場が発展し、大きな集落を形成し、宿屋なども設けられたのは間の宿(あいのしゅく)という。間の宿には五街道設置以前からの集落もある。中には小さな宿場町よりも大きな立場や間の宿も存在したが、江戸幕府が宿場町保護のため、厳しい制限を設けていた。
現在、五街道やその脇街道沿いにある集落で、かつての宿場町ではない所は、この立場や間の宿であった可能性が高い。(wiki参照)



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八本木旧立場茶屋

山田卯兵衛家が代々茶屋本陣を勤めており、現在も山田家が有する白壁・出梁造りの建物が残っています。街道に面した側に立場茶屋の表示も出されており◎。


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八本木延命地蔵堂

立場茶屋から道路を挟んですぐ目の前にある地蔵堂。説明板を読んでみると、

・大永五年(1525)松井田小屋城主・安中忠清が原市に榎下城を築いて移り住むとき、かつての故郷越後国新発田より近戸明神、米山薬師とともに城の守護仏として勧請したと伝えられている。
・像は木造寄木造りで総高1.15m、金箔半跏趺座(はんかふざ)像で室町時代初期の作と推定される。
・霊験あらたかな秘仏として百年に一度御開帳される。
日本三地蔵のひとつ(他は新発田と壬生)である。
・参勤交代で往来する諸大名も下乗下馬して参詣したと伝えられる。なお騎乗のまま通れば仏罰により落馬するという。

などなど、なかなか興味深い内容。日本三地蔵だなんて初めて聞きましたよ。



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境内にある聖徳太子孝養の像。地蔵像と誤解されて、よだれかけが奉納され首にかけられていることもあるそうな。



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同じく境内にある寛永2年(1625)建立の庚申石祠。安中最古のものという。



所在:群馬県安中市原市
評価:★☆

八本木延命地蔵堂の方がメインの内容になってしまいました。しかし百年に一度の御開帳、事実なら実際の御開帳時には誰も前回の手順を知らないってことになるのでしょうな・・・
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由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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