FC2ブログ

記事一覧

井野屋敷 ~楽間の宝塔~

高崎市史No.13

石神の砦から北西500mほどのところにあるのが井野屋敷。現在の位置は早瀬川の外側(箕輪から見て)となっていますが、往時はこの屋域から100mほどのところを早瀬川が西から南へ回り込んで流れていたと推定され、早瀬川に沿った箕輪城防衛線の堡塁の一つとされます。


IMG_9611.jpg
屋敷跡南面

資料によると外郭を備えた複郭式の構造で、本郭部分は方形館となっています。屋敷跡の現況は宅地・田畑となっており、中心部は古めの民家敷地となっているので例によって外観のみ。藪になっている部分が堀跡のラインに一部重なっていそうです。

写真左側に見える墓地は外郭の西南部にあたり、井野一族の墓があるとのこと。説明板が設置されているのが見えたので立ち寄ってみます。


IMG_9613.jpg
楽間の宝塔(高崎市指定重要文化財)

市内の中世石造物は、長野氏関係の砦や居館跡の周辺に多く分布し、「町屋の宝塔」と並びこの「楽間の宝塔」もその代表的なものの一つ。高さ1.6mほどの三基の宝塔は、銘文から正長3年(1430)、永享9年(1437)、嘉吉3年(1443)の制作で、榛名塔に属するものであるとのこと。



所在:群馬県高崎市楽間町字石田
評価:

井野氏の築いた城館で、箕輪城の外堡の一つとされますが、井野氏と箕輪長野氏との関係は不詳となっています。直接の城館表示はないものの思いがけず史跡表示を見つけワンランクアップ。説明にあった「町屋の宝塔」も後ほど確認してみます。
関連記事

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリ

プロフィール

KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

フリーエリア

Twitter

スポンサーリンク

カレンダー

02 | 2019/03 | 04
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -

メールフォーム

お問い合わせはこちらからどうぞ

名前:
メール:
件名:
本文: