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一支国博物館(後編)

楽しかった1階ジオラマゾーンを退出。有料ゾーンは以上ですが、この建物はほかにも見所がありそうなので一通り見学するにはまだ時間がかかりそう。

その前に、有料ゾーンの中で最初にスルーした「ビューシアター」に再度戻ってみます。

再び階段をのぼり・・・


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階段上から眺めたエントランス

「邪馬台国への道」エリアを抜け・・・


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魏志倭人伝の世界

シアターに入ると誰もいない。と、急に周りが暗くなり映像が始まりそうな気配。ちょうどタイミングが良かったか、あるいは待機状態から人が入ったのを探知して作動したか、いずれにせよ一人でじっくりと上映を堪能できます。



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『甦る一支国の王都 原の辻』

かっこいい。わくわく。


以下あえて描写の説明はしません。行間を想像で補ってみてください。


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おしまい。

良質のドラマ仕立てでした。主人公の女の子がかわいかった。

映像が終わると背後の窓の覆いが開いて原の辻遺跡を肉眼で望むことができます。ドラマの終わり部分と現実が繋がっているのが良い演出。



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壱岐島全図。現在地を含む原の辻遺跡一帯は山がちな壱岐の中でも比較的拓けた地域であり(というかこの平野は長崎県でも2番目に広いらしい)、稲作なども早い時期から行われていたようです。

以下無料ゾーンの見学に移行。



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現在地は2階。吹き抜けのオープン収蔵庫のボリュームがすごい。

反対側の壁側には『解読倭人伝』なる展示があります。

倭人在帶方東南大海之中、依山㠀爲國邑。舊百餘國、漢時有朝見者。今使譯所通三十國。

『倭人は帯方郡の東南の大海の中に在り、山島に依って国邑とし、もとは百余国で、漢の頃から大陸への朝貢があり、記述の時点では30箇国が使者を通わせている。』


從郡至倭、循海岸水行、歷韓國、乍南乍東、到其北岸狗邪韓國、七千餘里。

『帯方郡から倭国に至るには、水行で海岸を循って韓国を経て南へ、東へ、7000余里で〔倭の〕北岸の狗邪韓国(こやかんこく)に到着する。』



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対馬国                    一支国

始度一海千餘里、至對馬國、其大官曰卑狗、副曰卑奴母離、所居絶㠀、方可四百餘里。土地山險、多深林、道路如禽鹿徑。有千餘戸。無良田、食海物自活、乗船南北市糴。

『始めて海を1000余里渡ると、対馬国に至る。大官は卑狗(ひこ)、副官は卑奴母離(ひなもり)。絶島で400余里四方の広さ。1000余戸が有る。山は険しく、道は獣道のようで、林は深く、良い田畑がなく、海産物で自活。船で南北岸の市へいく。』


又南渡一海千餘里、名曰瀚海、至一大國。官亦曰卑狗、副曰卑奴母離。方可三百里。多竹木叢林。有三千許家。差有田地、耕田猶不足食、亦南北市糴。

『また南に瀚海と呼ばれる海を1000余里渡ると一大国に至る。官は対馬国と同じ。300余里四方。竹、木、草むら、林が多い。3000許(ばか)りの家が有る。田畑は有るが田を耕すが食糧には足りず、南北から市へいく。』



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末蘆国                    伊都国

又渡一海千餘里、至末廬國。有四千餘戸、濱山海居。草木茂盛、行不見前人。好捕魚鰒、水無深淺、皆沈没取之。

『また海を1000余里渡ると、末廬国に至る。4000余戸が有り、山海に沿って住む。草木が茂り、前を行く人が見えない。魚やアワビを捕るのを好み、皆が潜る。』


東南陸行五百里、到伊都國。官曰爾支、副曰泄謨觚・柄渠觚。有千餘戸。丗有王、皆統屬女王國。郡使往來常所駐。

『東南に陸行し、500里で伊都国に到着する。長官は爾支(にき)、副官は泄謨觚(せもこ)と柄渠觚(へくこ)。1000余戸が有る。世、王が居た。皆、女王国に属する。帯方郡の使者の往来では常に駐在する所。』



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奴国                     不弥国 

東南至奴國百里。官曰兕馬觚、副曰卑奴母離。有二萬餘戸。

『東南に100里進むと奴国に至る。長官は兕馬觚(しまこ)、副官は卑奴母離(ひなもり)。2万余戸が有る。』


東行至不彌國百里。官曰多模、副曰卑奴母離。有千餘家。

『東へ100里行くと、不弥国に至る。長官は多模(たも)、副官は卑奴母離(ひなもり)。1000余の家族が有る。』



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投馬国                    邪馬台国     

南至投馬國、水行二十曰。官曰彌彌、副曰彌彌那利。可五萬餘戸。

『南へ水行20日で、投馬国に至る。長官は彌彌(みみ)、副官は彌彌那利(みみなり)である。推計5万戸余。』


南至邪馬壹國、女王之所都、水行十日、陸行一月。 官有伊支馬、次曰彌馬升、次曰彌馬獲支、次曰奴佳鞮。可七萬餘戸。

『南に水行10日と陸行1月で女王の都のある邪馬台国に至る。官に伊支馬(いきま)、弥馬升(みましょう)、弥馬獲支(みまかくき)、奴佳鞮(なかてい)があり、推計7万余戸。』




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情報プラザには『世界の記憶』『日本遺産』関連の各種展示や情報端末が設置。

ここからエレベーターに乗って4階(最上階)へ。



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4階 展望室

360度の眺望。高台の上のさらに高い位置からなので、海までよく眺められます。



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屋根の上も緑地になっている・・・



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原の辻遺跡!



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続いて3階。屋上展望広場へ出ることができます。ほかにも多目的ホールや交流室・図書閲覧室など。



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人面石くん!?



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1階に下りてきました。様々な展示があふれており写真枚数も多いのですがキリがないのでこの辺で掲載は切り上げておきます。かなり時間をかけて楽しめる場所でした。訪問おすすめです。



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おまけ:エレベーター内をはじめ随所に張られていたこのポスター。とっても興味深かったのですが、始まるのは訪問時の1週間後から。1階の「テーマ展示室」がちょうどこの展示の準備中となっていました。残念。

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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。毎日欠かさず生野菜摂取中。
© 2010 城館探訪記

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