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鬼の窟古墳

生池城から帰還後、本日のメインとなりそうな一支国博物館を目指します。メインと明言していないのは、博物館系は正直内容に差があるため実際に入ってみないと判断付かないところがあるため。しょぼかったら一瞬で見終わるし、面白かったらいくら時間があっても足りません。滞在時間が読めないため、できるだけ時間に余裕がある状態で向かうのが吉。

ということで寄り道せずに直行するつもりが、道沿いに「鬼の窟古墳」の表示を見つけて反射的に車を入れてしまう。まあ経路上にあるため大きなロスタイムにはなるまい。


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現在地

掛木古墳百合畑古墳群生池城→鬼の窟古墳と移動。


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ここも国史跡である『壱岐古墳群』の一つ。
駐車場も整備され、表示物も多いので見学しやすい。



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ただしあれですかね、若干寂れ気味なんですかね。この建物なんかも描かれている絵は味がありますが空き家になっています。以前は観光地としてもう少しにぎわっていて土産物屋でもあったのでしょうか。



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鬼の窟古墳(おにのいわやこふん)

古墳とは、古墳時代(およそ3世紀後半~7世紀頃)に造営された小高い墳丘を持った墓のことである。基本的な形態は円墳・方墳・前方後円墳などあるが、鬼の窟古墳は、墳丘の直径が45m、高さが13.5mの県内最大級の円墳である。調査によって出土した遺物の製作年代と石室構造および形態的な特徴から、本古墳は6世紀末に築造され、その後、7世紀後半まで追葬が行われたと考えられる。

遺骸を埋葬するための石室は、羨道部から中へ入り、前室・中室を経て主な埋葬空間である玄室へと至る三室構造の両袖式横穴式石室であり、石室を巨大な玄武岩で積み重ねて築き上げていることから、「巨石墳」と呼ばれることもある。石室は全長16.5mで、玄室の平面形は一辺約3mの正方形に近く、床面から天井までの高さは3.3mである。中室の規模は長さ3m、幅2.5m、高さ1.9m、前室の規模は長さ3m、幅2.3m、高さ1.9mである。玄室が平面方形で、6世紀後半に築造された対馬塚古墳・双六古墳と比べると天井が低く、前室と中室の天井石の高さが揃っている点などが特徴である。
平成元年度に、崩壊した石室入口側壁と天井石の修復に際して発掘調査が実施されたが、石室からの出土遺物は須恵器や韓国の新羅土器等少数であった。

この古墳の存在については古くから知られており、江戸時代文久元年(1861)に編纂された『壹岐名勝図誌』には、鬼の窟古墳について「笹窟 巳午向矢櫃鬼屋ともいう。大路より三十三間計にあり。・・・件の窟、国人ハさらなり、諸国の客人見に来る所にして、石面に楽書き多し。」とあり、その当時から各地より見物客がたくさん訪れて落書きが多かったことが記載されている。

壱岐島では現在260基ほどの古墳が確認されているが、それらの古墳のほとんどは6世紀後半以降に築造されたもので、6世紀末以降になると古墳の数が激増するという現象が認められる。本古墳もその様な古墳のひとつであり、その規模の大きさから壱岐を治めた当時の有力者が埋葬されているものと考えられる。(説明板参照)




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中はひんやりとしていて、夏場でも気持ちよさそう。

少し進むと行き止まり・・・



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行き止まりの先にもまだ通路は続いており、右手のスイッチを押すと奥の明かりが点灯し、岩の隙間から様子をうかがうことができます。かなり奥が長い石室になっています。


立派な古墳を見れて満足。この周辺にはほかにもたくさんの古墳がありますが、きりがないのでここで切り上げます。近くにある「月読神社」(1枚目写真の図参照)も泣く泣く切り捨て先へ。行っておきたかったな~

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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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