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生池城 ~松浦党・源壹の居城~

百合畑古墳群・生池の東にあるこんもり茂った森の中にあるのが生池城。歩いて行ける距離ですが、後方に車を置いたまま奥に進むのがなんとなく気になったので、いったん古墳園前に駐車した車に帰還し車に乗って接近することにしました。・・・が、近くまで車道が繋がっているものの、ほどんど作業道レベルの未舗装の細道であり、駐車場所もないので運転に自信のない方は(否、自信があっても)ちゃんとしたスペースのある所に車を置いてきた方が無難です。私はフル探索モードになって何とか車1台分のスペースを発見することに成功しました。


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あと200mの表示

はじめこの表示の先まで車で突っ込もうかと思案するも、どう頑張っても奥に進める様子でないことを感じ取り、少し離れたところに駐車。実際この先に車を停めるところは皆無、というか車で進むこと自体不可能。


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上記の表示から約200m歩くと、城址碑と新しい説明板が現れます。その奥には思いのほか大規模な切岸が。

16世紀中ごろに松浦党の1員だった源壹(みなもとのいち)が築城した山城で、土塁で囲まれた主体部を中心に二重の空堀や土橋を見ることができます。空堀は高低差が5m以上あることから、単なる拠点として使われたのではなく、実践を想定してつくられた山城だったことがわかります。
生池城を居城とした源壹は、朝鮮王朝からの信頼も厚く、正式な交易が認められていたことが記録に残っており、1539(天文8)年に壱岐国安国寺が行った「高麗版大般若経」の補修記録にも源壹の名まえが記されています。(説明板参照)


説明板には記載されていませんが、この源壹という人物、当初は朝鮮・中国沿岸で私貿易を行なっていた倭寇上がりの人物であったようです。



IMG_8067s.jpg
生池城概略図



IMG_8070.jpg
土橋を渡り主体部虎口へ。張られているロープは使わなくとも登れるものの、なかなかの斜度があることは感じ取ってもらえるでしょうか。


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空堀                     土橋(内側から)



IMG_8078.jpg
主体部土塁上から南側の空堀を望む。空堀の奥にもう一つの空堀が見え、二重空堀となっていることが確認できます(写真だとわかりにくいか・・・)




そのあたりの動画



IMG_8084.jpg
西面の堀と土橋

IMG_8085.jpg IMG_8088.jpg
土橋                    石積み

西側も二重堀になっていますが、手前の内堀は深く、外堀はやや浅くなっています。また、虎口付近などに一部石積みも見受けられます。



IMG_8089.jpg IMG_8090.jpg
IMG_8100.jpg IMG_8101.jpg
北側の土橋から内堀、外堀を横切り城外へ。このあたり写真を何枚も撮っているものの、似たようなものや光の反射などでよくわからなくなっているものだらけで掲載カット。東側に回る道は一部藪化の危険もあったが、そのままスタート地点に帰還することができ無事一周完了。



所在:長崎県壱岐市勝本町百合畑触
評価:★★★☆

この地域によくあるタイプの円形を基調にした城で遺構残存度は良好、立派な二重堀は見ごたえあります。比較的見学もしやすく、個人的には壱岐の城の中でも1、2を争うおすすめの城と思います。ちなみにこの生池城は壱岐の日本遺産構成ストーリー(10点)の一つでもあり、そういった観点からも訪れる価値はあります。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。毎日欠かさず生野菜摂取中。
© 2010 城館探訪記

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