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勝本城 ~朝鮮出兵・壱岐拠点の城~

六郎瀬鼻から島の北部の勝本港へ向かい車を走らせると、港の手前で正面に小高い山が現れます。


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城山公園の表示

この山に築かれたのが勝本城(別名風本城武末城雨瀬包城とも)で、秀吉の朝鮮出兵に際して兵站基地として築かれた城です。現在は城山公園として整備されており、山上まで車で登れます。頂上(本丸)下に駐車場も完備。4月上旬でも日が当たる場所はすでに暑いので、僅かな日陰の場所を探して駐車。


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駐車場から本丸へ登る道がありますが、「←秀吉の大石垣」の案内表示の方向へ進みます。

豊臣秀吉が文禄・慶長の役に際して築城した出城で、国の史跡に指定されている。本陣の肥前名護屋城から朝鮮への経由地となる壱岐と対馬(→清水山城)に兵站基地となる城を築くことを命じ、壱岐においては島の領主である松浦鎮信が主に築城にあたることになった。有馬晴信・大村善前・五島純玄らの協力によって、天正19年(1591)夏から約4ヶ月というごく短期間に築かれ、文禄・慶長の役を通じ利用された。 慶長3年(1598)に秀吉が没し朝鮮から撤兵した後は建物は取り壊された。
現在は勝本港を望む城山の山頂部に本丸跡の石垣や礎石群が残されており、城山公園として整備されている。公園内に城山稲荷神社が鎮座しており、本丸跡からは勝本小学校の先に勝本港、若宮島、辰の島、名烏島などが見える。 (現地説明板・wiki等参照)




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そちらの方向には河合曾良の歌碑と本日4つ目の音声ガイダンス装置。河合曾良は松尾芭蕉の『奥の細道』における奥州・北陸の旅に同行した弟子で、蕉門十哲の一人とされる。 碑文によると、江戸深川出発以来百二十余日、行を共にした師弟はこの場所で別れることになります。健康を害した曾良が、師の足手まといになることを避けたためであったという。師と別れた曾良はこの地で病没。享年62。



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諏訪の御柱

平成22年の式年造営御柱大祭に諏訪大社上社本宮に建てられた御柱で、境内地に鎮座した御神木。壱岐で客死した河合曾良が諏訪の生まれであることの縁により、旧勝本町(現壱岐市)と諏訪市は友好都市協定を結んでおり、役目を終えた御柱を友好のシンボルとして寄贈されたもの。



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帯曲輪らしきを進み本丸北面下へ。大手口と思われる鳥居が現れますが、いったん通り過ぎその先の石垣を確認。



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大手口石垣

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同石垣

このあたりの石垣は規模も大きく見ごたえあります。いかにも織豊末期感が漂う石垣です。



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戻って、鳥居のある大手口へ



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このあたりの光景が一番いい感じ



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隅欠け

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隅欠け

大手枡形の最も目立つ石垣部分はいずれも隅が欠けています。破城痕に思えますが特に説明がないので保留。



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枡形



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本丸内にある城山稲荷神社。文禄の役が始まるとともに、壱岐の各地で秀吉率いる軍の海上安全と戦勝祈願が行われ、この神社も天正20年(1592)に祀られました。 神社の奥まで進むと枡形を見下ろすことができます。



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となりにある展望台からの眺めは最高。勝本港、若宮島、辰の島、名烏島などが一望のもとです。空気が澄んでいれば対馬まで見渡せるといいますが、この日はギリギリ見えたような見えなかったような。



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展望台から見た本丸内。礎石跡らしきと思われる石がいくつか見られるほかは特に何もありません。



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おまけ:「河合曾良の墓」の表示があったので本丸内からそちらへ向かったが、ぐんぐん下っていくも一向にそれらしきものが現れず、ついに下の道路にまで出てしまった。どこかで道を間違えたかと思いあきらめて退却。だいぶ体力を無駄にしたが、往復の道沿いでところどころ残存石垣を確認できたのでよかったことにしておきましょう。



所在:長崎県壱岐市勝本町坂本触
評価:★★★

国指定史跡に敬意を表しやや高めの評価。本丸内に入ると何もないので拍子抜けしてしまうかもしれませんが、石垣好きの人は大手口周辺の立派な石垣で満足できるかもしれません。ちなみに河合曾良の墓について後日確認したところ、自分がたどりついた下の道をさらに奥に進んだところにあったようです。能満寺から向かうのが分かりやすそうです。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。毎日欠かさず生野菜摂取中。
© 2010 城館探訪記

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