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大船越瀬戸

金田城美津島文化会館から国道に乗って北上。対馬空港を越えて少し走ると大船越瀬戸に出ます。橋を渡る手前で左折。

大船越瀬戸(おおふなこしせと)は、長崎県対馬市にある運河である。対馬の西岸と東岸を結ぶ。1671年(寛文12年)開通。1900年(明治33年)に約2km北方に大船越瀬戸と同様に西岸と東岸を結ぶ万関瀬戸が開通し、大船越瀬戸は主に漁港として用いられている。島を縦貫する国道382号の大船越橋が架かる。「船越」は運河開通以前に丘越えをしていたことにちなむ地名で、対馬市美津島町には小船越の地名もある。(wiki参照)



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大船越橋が架かる大船越瀬戸 


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北側 浅茅湾へと続く



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海の水がキレイ



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史跡 松村安五郎と吉野数之助の碑

文久元年(1861年)2月にロシアの軍艦ポサドニック号が浅茅湾に侵入。対馬藩の許可を得ず芋崎を占領し滞留すること半年、傍若無人の限りをつくしたといいます。
当時大船越瀬戸には船改めの番所が置かれていました。同年4月にロシア軍艦のボートがこの番所を無視しを強引に通過しようとする事件が起きます。村人の先頭に立って止めようとした安五郎(後に士分扱いとなり松村姓)がロシア兵の発砲で即死。番所の士卒・吉野数之助は奮闘するも傷つき捕えられポサドニック号へ連れ去られました。吉野は屈辱に堪えず舌を噛み自害しようとしたが果たせず、後に釈放されるも手当を拒み自ら命を絶ったといいます。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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