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氏江家屋敷 ~対馬藩家老屋敷~

中村屋形から北に数100m、対馬振興局の庁舎付近一帯がかつての対馬藩家老・氏江氏の屋敷跡となります。


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振興局の前には立派な長屋門や石垣が残っています。


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旧藩時代、李氏朝鮮との外交、貿易の窓口として栄えた対馬藩宗家の家老氏江家が屋敷を構えていた。氏江家は藩主宗家一門の家柄で、石高は900石。
かつては、馬場筋と称する大通り(現在の国道382号線)に沿って宗家の家臣達の屋敷が建ち並び、人の背丈よりも高い石垣塀が続いていた。
明治以降この氏江家の屋敷は、厳原支庁、対馬島庁、その後大正15年からは長崎県対馬支庁の庁舎として使われている。今日も残る周囲の石垣、長屋門、庁舎裏の庭園等に昔の武家屋敷の面影を偲ぶことができる。
なお、氏江の名称は今でもこの敷地北側の通り「氏江小路」に残されている。(説明板参照)




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長屋門には「対馬藩家老屋敷跡」の表示のほかに「徳川幕府諸侯格式一覧表」「(文化八年)対州接鮮旅館図」などが掲げられています。格式一覧表では十万石以上格で「対州 国主 宗対馬守」の名が見られます。



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長崎県対馬振興局


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氏江小路

人の背丈より高い石垣が続き、下裏町側の出口には「陰陽石の魔除け石」があります。宗教的な意味合いのほかに、塀の外に武者が姿を隠せる場所を設けるという合理的な意味合いも兼ねているとされています。



所在:長崎県対馬市厳原町宮谷
評価:★★

グーグルマップに史跡表示があったので立ち寄ってみたところですが、立派な長屋門や石垣は予想以上でした。明治以降官公庁に転用される城館というのはそれ以前から地域の行政の中心であったことを示すものであり、氏江家についても藩政期における政治力の強さを推察されます。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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