FC2ブログ

記事一覧

観光情報館 ふれあい処つしま

今屋敷の防火壁地区を抜け、対馬における最初にして外すことのできないポイントに到着。



IMG_6853_20180626204853052.jpg
観光情報館 ふれあい処つしま

観光案内所として情報を仕入れておくにはぜひ立ち寄っておきたいところですが、それよりも何よりも重要なのはこの施設が「続日本100名城」のスタンプ設置場所であるという点(*注)。わざわざスタンプラリー開始まで訪問を延期していたくらいですから、正味な話ほかのどこに行けなくともここだけは絶対に外せないわけですよ私的には。
*スタンプ帳には「美津島地区公民館」が設置場所として記載されていますが、「ふれあい処つしま」にもスタンプが配置されたという情報を事前に仕入れていたので、こちらにまず立ち寄ったものです。

ちなみにこの場所は1811年度の朝鮮通信使幕府接遇の地で、幕府使者井上美濃守なる人物の宿館跡でもあるとのこと。城館表記にしようかとも思ったがさすがにやりすぎなので自重。



IMG_6859_20180626204857532.jpg
さっそく案内所へ。これはツシマヤマネコのぬいぐるみかな。4種の限定スタンプがあったのでスタンプ大好きな私としては押さないわけにはいきません。



IMG_6857_20180626204856e5b.jpg
日本三大墓所・万松院
対馬といえば・ツシマヤマネコ
竜宮伝説・和多都美神社
対馬霊峰・白嶽


ふふ、完璧。あとは日付スタンプを押して完成、

・・・とポチっとなしたら、日の部分だけ写らないではないか。元のスタンプの設定が悪かったようでうまく表示されずに終わってしまった。うっすらと写ったからそこはまあいいや。



IMG_6856.jpg
ちなみに最大の目的である続100名城のスタンプは真っ先に入手、良好。
続100名城1城目、トータル101城目。

このスタンプ、窓口の人に申し出てもぱっとは出てこず、2人で少し探すような様子の後に出てきました。もしかしたらこの施設では自分がスタンプ利用一番乗りだったのかもしれません。

※100名城塗りつぶし同好会の金田城のページでは今に至るまで私の記録が一番最初に登録されたままとなっています。なお資料館(城別登城者数一覧)を見ると金田城がダントツで登城者数が少ない状態です。これは200城の中で福江城と並び最難関の城の双璧となったかな。

スタンプ入手で今回の旅の最大の目的は達成したのでもうお気楽状態。
続いて情報館内にある「観光の間」を見学してみましょう。その入口にパネルが掲げられています。



IMG_6864.jpg
おっ、「アンゴルモア」じゃないですか。思いっきり対馬舞台の漫画だからPRしているのかと思ったら、それだけでなく2018年7月からアニメ放送開始とのこと。チェックしとこ。



IMG_6865_201806262048595f8.jpg
「観光の間」内は無料の展示室となっています。内容はかなり充実。

以下一部紹介。



IMG_6866.jpg
『国生み神話と対馬』

「国生み」により大八島の一つとして誕生した対馬について。別名「アメノサデヨリヒメ」。
「豊玉姫」「神功皇后」の話も。



IMG_6867.jpg
『九州最多の式内社と女神の世界』

「天道信仰の聖地」天神多久頭魂神社、「対馬古都の祭神」太祝詞神社、「聖地龍良山を遥拝」多九頭魂神社、「竜宮伝説の地」和多都美神社、「紫色の瀬戸」住吉神社、「対馬一の宮」海神神社、などなど



IMG_6868.jpg
『国境の島へ』

魏志倭人伝、防人の歌、日本最古の銀山「対馬銀山」など

パネルは『遣新羅使と万葉集』→『元寇と対馬宗氏の支配権確立』→『貿易の拡大と宗義智の苦悩』→『朝鮮通信使と対馬藩の隆盛』→『対馬藩の衰退と明治維新』→『対馬の要塞化と緊張』→『戦後の対馬』と続きます。

戦後対馬は「ふたたび”南北に市糴す”」



IMG_6873.jpg
『大陸との窓口』



IMG_6874.jpg
『元禄対馬国絵図』



IMG_6875.jpg
『海幸彦・山幸彦伝説』



IMG_6876.jpg
『ツシマヤマネコ』

絶滅危惧種ⅠA類
特徴
・しっぽふさふさ、太くて長い ・胴長短足 
・額に白黒の縦縞模様、体には斑紋 ・耳の先が丸い 

無事故記録20日更新中🐾



IMG_6881.jpg

IMG_6882.jpg

こういう地図はずっと眺め続けていることができますね。



IMG_6883_201806262050075d3.jpg
つしにゃんじゃないか!



IMG_6884.jpg
偉人紹介コーナー 雨森芳洲、陶山訥庵、宗義智

対馬には「対馬三聖人」と称される偉人がおり、雨森芳洲、陶山訥庵、賀島恕軒(兵介)がそれにあたるということです。昔は賀島恕軒のかわりに宗助国が入っていたという話もありますが経緯不明。ここでは3人目に初代対馬藩主で朝鮮との国交回復を成し遂げた宗義智が挙げられています。



IMG_6899_201806262050106df.jpg
頭上に掲げられた「朝鮮通信使一行の行列風景」の裏側には「蒙古襲来絵詞」が描かれています。

このほか面白かったのがコラム「歴史秘話」。「美女の里に残る悲しい伝説」「対馬の国際貿易商人」「外交貿易の拠点 草梁倭館とは?」「対馬島民とロシア兵」など。以下一つだけピックアップ。

・「宗家の先祖は天皇家?」
安徳天皇は壇ノ浦の戦いを生き延びたのち結婚して、宗重尚(伝宗家初代)や宗助(資)国などの子をもうけたというもの。厳原町久根田舎には安徳天皇の墓と伝わる場所があり、宮内庁指定の陵墓参考地になっています。


ということで大変見ごたえのある展示室でした。お金とってもいいレベルです。最後、退出する前にここでパンフレット一式も入手。飛行機利用の遠征の場合荷物は極力最小限にするのが原則中の原則ですが、良質の資料を無料で手に入れられるとあれば多少荷物が増加するリスクをとるのもやむなし。というか私はパンフの類の収集癖もあるようで、各地で無料で入手した資料の保管室として自宅一室丸々潰しているほどです。そのうち床が抜けるかもしれん。わざわざ金払って本などを買ってる余裕は皆無(空間的な意味で)。昔の本なら山ほどあるが・・・

続いて本日の宿泊地にいったん立ち寄ってみますか。

関連記事

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリ

プロフィール

KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。毎日欠かさず生野菜摂取中。
© 2010 城館探訪記

フリーエリア

Twitter

スポンサーリンク

カレンダー

08 | 2018/09 | 10
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

メールフォーム

お問い合わせはこちらからどうぞ

名前:
メール:
件名:
本文: