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龍飛砲台 ~津軽要塞重砲兵聯隊~

龍飛崎のレストハウスでマグロ唐揚げ定食が調理されている間に探索したのが龍飛砲台龍飛崎砲台とも)。レストハウスのすぐ南側が砲台跡地であるということを、これまでいくつかの表示で確認しています。


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龍飛館内案内マップより


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龍飛崎駐車場看板より

津軽要塞は、大日本帝国陸軍の要塞の一つ。1896年(明治29年)北海道の函館港及び函館湾守備を目的に計画され、1902年(明治35年)に完成した函館要塞が前身で、昭和になって津軽要塞と改称され、津軽海峡も守備範囲に加わった。 ~中略~ 昭和に入り守備範囲を広げる為に竜飛崎砲台及び汐首岬砲台及び大間崎砲台を完成させて、1927年(昭和2年)名称を津軽要塞と変える。このときに解体された戦艦伊吹の主砲も転用された。これらの戦力増強よって津軽海峡の封鎖が可能となった。(wiki参照)



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北部七一部隊第二中隊観測所跡



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龍見橋

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途中                    逆側から



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津軽要塞重砲兵聯隊龍飛砲台



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北部七一部隊第二中隊第三砲座跡

昭和12年から20年8月の終戦まで、15センチ加農砲4門を配置し、中隊長以下約300名がこの砲台に配置され警備を担当しました。



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北部七一部隊第二中隊第四砲座跡



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北部七一部隊第二中隊第二砲座跡


この場所からの光景は美しいの一言。



CIMG1837.jpg

・・・



CIMG1838.jpg

・・・




超旧式カメラのため画質最悪



CIMG1825.jpg CIMG1830.jpg
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この場所は「碑の丘」とも呼ばれ、4つの文学碑があります。一つ一つ眺めながら散策するのも楽しいでしょう。



所在:青森県東津軽郡外ヶ浜町三厩龍浜
評価:★★

自然・歴史・文学といった異なる分野でそれぞれ楽しめるというのは高ポイント。特に景観面でのポイントが極めて高し。この場合遺構のあるなしは全く些末な問題です。ちなみに津軽要塞のメインは函館山に築かれた各種砲台(千畳敷砲台御殿山第一砲台御殿山第二砲台薬師山砲台など)であり、立待岬台場の項でそのことに少し触れています。次回続100名城巡りで函館を訪れる際は、これらの砲台跡を見て回ることになるでしょう。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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