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田名部館 ~中世から続く統治拠点~

斗南陣屋の北西、現在代官山公園となっている小高い丘陵上に築かれたのが田名部館田名部城とも)。近世には代官所が設置されたため田名部代官所として紹介されることも多く、公園の名の由来となっています。


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代官山公園

田名部館の築城年代は定かではないが、建武年間の頃、八戸根城の南部師行が家臣 武田修理、赤目五郎を目代として置いたところといわれる。康正年間、蠣崎城主蠣崎蔵人が南部氏に背いた際、糠部郡宇曾利郷(下北半島)が蠣崎氏の配下になったため、田名部館も南部氏の攻撃を受けた(蠣崎蔵人の乱)。乱後に根城(八戸)南部氏家臣新田盛政が城代となり、その後、八戸氏の属城となる。また慶長年間(1596-1615)に八戸直政の室・清心尼が田名部北方の女館にいたが、元和3年(1617)に南部利直が根城南部氏から下北の支配権を接収した。(wiki等参照)


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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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