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黒川城 ~渋谷次郎高重、黒川郷を賜る~

2018年1月 富岡探訪

金毘羅山の砦の次に訪れたのが黒川城。場所はもみじ平総合公園の南、雨宮神社のすぐ西側の台地上先端になります。南側斜面にある不動尊を目標にするのが分かりやすい。不動尊近くの路地は狭いので車は近くにある黒川ふれあい公園の駐車場へ。ちなみにこの城、グーグルマップを拡大していくと誰が登録したのか城名が表示されるのですが、その表示位置が実際の場所とかなりずれているので注意が必要です。



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公園駐車場から不動尊南側下に到着。石段脇にあるのは円空作十一面千手観音像(富岡市指定重文)。


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不動堂

運慶、円空の二人の僧が貫前神社に逗留の際にそれぞれ彫刻した像が納められていたといいますが、運慶作の不動明王像は昭和40年ごろに盗難にあって現存していないとのこと。比較的近い時代に盗難にあっているのですね。



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お堂に向かって右手側に裏の山に続く道があり、城の表示もあります。情報では表示物はないとのことだったのでこの表示は逃すわけにはいかぬと写真撮影。と、ちょうど背後から近づいてきた散歩中のおじさんに何を撮影しているのかと声をかけられてしまいました。攻城中に人から声をかけられたのはかなり久しぶりです。適当に取り繕っておきましたが、こんな場所で写真を撮るのは一般的には意味わかりませんものね。



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階段を登り・・・              丘陵上へ

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説明板!

お堂からは石段を登り山上に出ます。そのまま稜線上に緩やかに登っていく道が続いていますが、城域はこの開けた場所の右手側になります。私は初めしばらく先のほうまで道なりに進んだところ墓地に突き当たってしまい、引き返したところ奥に表示物が建っているのを発見。はたしてそれが黒川城の説明板でした。こういうのがあるのとないのとでは印象が段違いですね。富岡市の中でも七日市黒川地区は城館に対する意識が高めなのかもしれません。

城の詳細は不明ながら、口碑によれば渋谷次郎高重の居城とされます。この人物は東鑑の元暦元年(1184)にその名が記されており、源頼朝から黒川郷を賜ったということを安達盛長より伝達されたとのこと。



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説明板の傍には櫓台らしき土壇があります。上に石碑が建っているのが見えますが、登り道はないのでやむを得ず適当なところから直登。この日は通常装備で手袋すら持ってなかったのでちょっと大変。よじ登った土壇上には石仏と石祠、そして「御嶽神社」の石板があります。



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山上の城の主要部分は上記の通りで、土壇と削平地以外に目立った遺構は無し。ここから東側の道を使って下に降りていくと、おそらくほぼ自然地形でしょうが塁線がどんどん高くなることを目の当たりにします。要害性は十分感じられます。



所在:群馬県富岡市黒川
評価:★★

古い時代の城ということもありそれほど目立った遺構もありませんが、要害性は十分。表示物が設置されたこともうれしい。伝承が伝わるのも大きなポイントで、それにより地域の人にとってはただの史跡以上の意味を持つことに繋がっていきます。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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