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杢ケ橋関所 ~上州第二の関所~

高崎で中山道と分かれて越後に向かう三国街道は関東と裏日本を結ぶ重要な交通路であり、その三国街道が吾妻川を渡る南牧の川岸に要害を構えて川関所としたのが杢ケ橋関所(もくがばしせきしょ)です。上州では碓氷関所に次ぐ重要な関所であり、当初安中藩井伊家が、次いで高崎藩が警固にあたりました。



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杢ケ橋関所跡は県指定史跡。渋川市南牧の県道沿い、道が大きくカーブしているところにこの表示があります。ここから坂を下り、吾妻線の線路を越えてすぐ左手に関所跡の役宅があります。


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杢ヶ橋関所 役宅



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石碑



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この関所跡は吾妻川右岸にあり、元和6年(1620)番所として置かれ、寛永20年(1643)より三国街道筋の川の関所となった。初め安中藩が、次いで高崎藩が警固し、目付1人、与力2人が2ヵ月交替で派遣され、地元から定番3人(長谷川氏・田中氏・砥柄氏)が選ばれて世襲で勤務にあたった。警固の範囲は、吾妻川は釜ヶ渕から落合まで、利根川は落合から備後堀□までで、柵矢来は東西28間、南北23間、中に関屋と定番役宅3軒、門番小屋2軒か置かれた。この関所は上州では「碓氷関所」に次ぐ重要なもので越後の村松・与板・長岡等の大名や、佐渡・新潟奉行らの往来があり、特に入鉄砲と出女を厳しく取り締まったと言われる。(説明板参照)




所在:群馬県渋川市南牧
評価:★☆

定番屋とよばれた茅葺の役宅は江戸後期に建てられたとみられ、今も当時の間取りを残しているそうです。説明板でも触れられている田中氏が現在も居住しているので、見学は日中に外観のみ、住民の方の迷惑にならない範囲で行いましょう。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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