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行力中屋敷 ~下屋敷と二重構造~

高崎市史No.17

行力上屋敷の南南東540mほどのところにあったのが行力中屋敷。単郭の平地城館で、規模は方一町ほど。館主等詳細は不明ですが、「彦部家文書」「大熊文書」に天文・永禄期の行力村の知行についての記載があります。その内容からこの地が当時関東管領上杉氏領であったことが読み取れ、また屋敷の配列からは長野氏の影響も見受けられます。


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屋敷跡付近

現況屋敷跡はほぼ全域水田と化しており遺構はありません。しいて言えば南側と西側の堀跡のラインが道路のラインと重なって名残を留めているという程度でしょうか。


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道祖神と現地にいたふさふさの毛のネコちゃん



所在:群馬県高崎市行力町
評価:

明確な遺構なし・表示物なし。この屋敷と行力下屋敷との関係は、すぐ南方にある北新波砦満勝寺砦との関係と似ていると高崎市史には記されています。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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