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福田屋敷 ~福田加賀守の屋敷跡~

高崎市史No.7

高崎市藤塚町、群馬八幡駅の南東500mほどのところにあったのが福田屋敷。永禄9年(1566)ごろ、倉賀野十六騎筆頭・福田加賀守信義が鳴熊城から移り居を構えたところと伝わります。



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屋敷跡南側の水路



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屋敷跡北側の水路と低地帯

遺構はありませんが、高崎市史の図に記載されている水路は南北にそれぞれ確認できます。水路沿いには帯状の低地が広がり、かつての屋敷は南北の低地に挟まれた舌状の台地上に築かれていました。現在はほぼ平地になっていますが、その名残は「台」というこの場所の字名に残されています。



所在:群馬県高崎市藤塚町
評価:

遺構・表示物なし。福田氏は永禄9年の箕輪攻めに武田氏の下で戦い、その功により鳴熊城からここへ移ったと推定されます。その後は北条氏に従い、天正15年(1587)ごろには板鼻上宿に居住しているとのことです。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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