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堀田佐野城 ~陣屋構えの城~

2015年冬 足利・佐野探訪

椿田城の次に向かったのが堀田佐野城。別名植野城佐野陣屋とも。ここでは現地表記を採用しておきます。佐野市植下町、堀田稲荷神社の周辺が城域(陣屋跡)なので、そこを目標にするのが分かりやすい。



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堀田稲荷神社。この場所だけ微高地となっており、周辺はこれより低い畑地と宅地、あとは池(泉水跡)となっています。土塁状の地形は城の土塁の一部に相当しているとのこと。



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神社の北側、住宅地の中に城址碑・説明板等が設置されている小さな公園があります。佐野城の文字が見えますが、この表記だといわゆる佐野城と紛らわしいところです。



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説明板                  佐野城墟碑

佐野城墟碑及び城郭図

堀田佐野城跡は植下町大原地区の植野馬門街道両側一帯にあり、東西540m、南北360m、周囲約1.8kmである。文政11年(1828)に築城され、41年後の明治2年堀田摂津守正頌が版籍奉還して廃城となった。城跡中央部に建てられた佐野城墟碑の碑文は、旧家老西村茂樹が書いたもので、旧藩士の心情を格調高い文で刻んでいる。(説明板参照)




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城郭図

堀田佐野城は貞享元年(1684)下総国古河藩主の堀田正俊の三男正高が築城したが、元禄11年(1698)近江堅田に転封となり事実上の廃城となります。その後文政9年(1826)に堀田正敦が近江堅田から一万六千石で再び佐野に転封となり、陣屋として再興されたが、城主格とされていたので陣屋ではなく城と呼ばれたといいます。その後正衡、正頌と続いて明治に至ることになります。



所在:栃木県佐野市植下町
評価:

当時の城郭図と同じ場所に佇む稲荷神社以外は現地に明確な遺構はありません。市内東光寺に移築城門があるということですが見逃したので、今回の評価は城門抜きのもの。ちなみに現在は隣に堀田佐野城址公園」が整備されたとのこと(→参照)。いつの間にか立派になっていてびっくり。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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