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大笹関所 ~信州街道の関所~

吾妻からR144長野街道(信州街道)を鳥居峠に向かって走り、嬬恋村の大笹地区の集落を越えようかというところに唐突に左手に関所が現れます。



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看板表示と関所門。駐車場有り。



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嬬恋村指定史跡 大笹関所

江戸時代、中山道高崎宿から、烏川沿いに遡って吾妻郡に入り、浅間山北麓を通って、鳥居峠を越えて須坂方面、または上田方面に通じる街道を信州街道といった。信州街道は、関東と北信濃を結ぶ重要な道筋で、各所に関所が設けられた。大笹関所はその一つで、寛文2年(1662)幕府から許可され、沼田藩主真田伊賀守により大笹宿の西端鹿之籠川(小武沢)の崖に臨んだ位置に設けられた。その後天和元年(1681)沼田藩は改易、明治の廃関まで幕府の所轄となる。

大笹関所は、一反五畝八歩(約450坪)とされ、中央に白洲を、それに向かって改所(取調所)など設置され、周囲は土塀や木柵で限られ、それぞれに北門(正門)、東門が設けられた。ここに再現された門は、昭和31年、廃関後土屋源三郎氏の先祖が払い下げ所蔵していたものを別所に復元していたが、御関所橋架け替えに伴い、現地に移転・再現したものである。(説明板参照)




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大笹関所見取図

関所内の番屋には上番所・改所・下番所などがあり、改所には御道具置場が備えられ、鉄砲などいわゆる関所の七ツ道具が揃えられていました。門は東・北の2門があり、いずれも冠木門となっています。

関所番は、当初沼田藩の郷士4人、足軽格2人、下番役の百姓2人がいましたが、天和元年(1681)真田氏改易後は、鎌原氏など旧沼田藩士などの4人と、下番の大笹村の百姓2人が交代で勤務し、明治初頭の廃関まで通行人や草津温泉の入湯客など北国街道の脇往還の通行人を取り締まっていまいた。



所在:群馬県吾妻郡嬬恋村大笹
評価:

江戸時代には街道の要所に関所を設け通交人を取り締まりましたが、上野国は全国的にも関所の数が多かった所とされます。そのような中で、大笹関所は『諸国御関所書付』の「上野国所在関所一覧」によると、碓氷関所など6か所の重要な関所の内の1つとされています。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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