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久留女木の棚田

川名の里から都田川ダム~いなさ湖を横目に見ながらすばらしい速さで久留女木の棚田入口に到着。



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車は本来ここから600mほど離れた旧小学校の駐車場に停めなければなりませんが、もう日は沈んでいる時間帯で交通量は皆無のため、申し訳ないが入口近くの路肩が広くなっているところに停車させてもらいました。日没後の残光を頼りに車止めのところからダッシュで内部へ。



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100mほどの登り道の先に説明板発見!

​久留女木の棚田は、浜松市北区引佐町の東久留女木と西久留女木にまたがる、観音山の南西斜面(標高250m付近)にあります。総面積は7.7ha、その中に約800枚の田んぼがあるといわれ、その美しい景観は「日本の棚田百選」や「静岡県景観賞」にも選ばれています。
棚田の起源は平安時代とも言われていますが、戦国時代(井伊直虎の曾祖父直平、祖父直宗の時代)に、井伊家の庇護を得て開墾が進んだと考えられており、井伊家家臣の末裔が、今でも棚田を守り続けています。
また、久留女木を流れる都田川には、竜宮に通じるといわれる深い淵があり、その淵から子どもが現れて村人の農作業を手伝ったという「竜宮小僧の伝説」が語り継がれています。棚田の最上部には「竜宮小僧」と呼ばれる湧水があり、今も棚田を潤す水源となっています。(説明板参照)


へ~、「日本の棚田百選」に選ばれているのか。これまでにいろんな棚田を見てきたと思っていたけど、百選に選ばれているのはまだ10ヶ所くらいしか見ていないや。これもいろんなものと並行してじわじわ制覇していければいいですね。



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竜宮小僧の伝説

昔むかし、久留女木川(都田川の上流)に、大淵と呼ばれる深い淵があった。その青々と水をたたえる淵の底は竜宮に通じているといわれていた。
田植えのころ、村人は忙しさに猫の手も借りたい思いで「誰か手伝ってくれんかのー」とつぶやくと、不意に大淵から小僧が飛び出してきて「オレ、手伝うぜ」といって田植えを手伝ってくれた。そして夕方になると、どこかへ帰ってしまった。
また、夏の日の午後、急に真っ黒い雲が湧き出て、見る間に滝のような大雨が降りだした。田んぼ仕事をしていた村人は帰る間もなく「あっ、困った。干し物が濡れてしまう」と思いきや、また小僧が出てきて村中の干し物をよせてくれた。
村人が「お前はどこの小僧さんだね?」と尋ねても「どこでもいいじゃないけ」と笑って何も話さない。でも村人は、この不思議な小僧を、竜宮に通じる大淵から来る「竜宮小僧」と呼んで可愛がり、小僧も村人と、とても仲良くなった。
「おい、小僧さん。いつも手伝ってくれるで、ご馳走したいが、何が好きかな?」 と聞くと
「何でもいいが、蓼汁だけは食わせないでおくんなさい」と、ひどく蓼汁を嫌っていた。
ところが、ある日のこと。村人が誤って蓼汁を出してしまった。それとは知らず一口飲んだ小僧は「こりゃいかん!」といったかと思うと倒れ込み「久留女木の中茂にある榎木の下に葬ってほしい」といい残して死んでしまった。
村人はたいそう悲しみ、泣く泣く竜宮小僧の亡骸を榎木の下に葬った。するとその木の根元からこんこんと水が湧き出した。村人はその水を利用して、たくさんの田んぼを作った。それがこの久留女木の棚田であるという。(説明板参照)




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残光も残り僅かとなってきました。今回の探訪も終わりを告げようとしています。


参考:「久留女木の棚田オフィシャルサイト」

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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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