FC2ブログ

記事一覧

兵越峠

話は前回の記事の1日前、8月25日に遡ります。いや、1日目については後回しにすると表明したばっかりで、私もそのようにするつもり満々だったのですが、どうも1日目に探訪した兵越峠~高根城周辺がそろそろ大河本編で登場しそうな気配に満ちてきたので、この区間部分だけでも先に掲載しておく必要がどうしても生じてしまいました。

ということで時間軸が行ったり来たりで申し訳ありませんが、直虎紀行part.2は1日目の遠山郷探索終了後、兵越峠手前から話を再開します。



遠山郷和田城にてペットボトルに汲んだ「観音霊水」(平成の名水百選)を飲みながら、いよいよ秋葉街道は峠に向かい高度を上げ始める。



IMG_6317s.jpg
この先ヒョー越峠

遠野郷に近いところからしばらくの区間は和田パイパスが開通しており快適な国道。しかし改良区間が終わると途端に1車線の普通の山道になる。途中三遠南信道の工事区間があったりしますが、工事は遅々として進んでなさそう。



IMG_6326.jpg  
IMG_6328.jpg IMG_6327.jpg
R152秋葉街道通行止箇所

ドライブ系のサイトではよく掲載されている場所ですね。地図上ではここから先も国道は南へ続き、青崩峠の直前あたりまで赤いラインが伸びていますが、車はだいぶ手前で通行止めになっています。「秋葉街道遊歩道」と看板にはあるので、徒歩なら峠まで進むことができるのでしょう。

ここからは長野県道369号・静岡県道412号南信濃水窪線へ。長野県内の区間は旧兵越林道に相当し、静岡県内の区間は道路区域が指定されていません。



IMG_6329.jpg
おおっと

峠の長野側区間は特にカーブが多く幅員も狭いですが、全線舗装されており、随所に待避所もあるので思っていたよりかは走りやすい道です。この道路は冬期は閉鎖されるようですが、傾斜がきつく、閉鎖解除後も日陰部分が凍結でもしたら恐ろしいことになりそう。ノーマルタイヤしか持っていない私が前回このルートを通らなかったのは正解でした。



IMG_6335s.jpg
だいぶ登り詰めてきました

ほとんどの区間が1車線~1.5車線ですが、交通量が極めて少ないのでここまで特に支障なく進んでこれました。と、峠手前地点の少し広くなっているカーブ部分で対向からトラックが登場。この場所なら余裕をもってすれ違えるなと少し待機していると、向こうの運転手が何か話しかけてきてます。えー何事と窓を開けると、この後ろから4台の大型トラックが通過してくるとのこと。自分はその先導車なのだと。へえ、んじゃもうしばらく待ってますよ、と待機したほんの10秒後にトラックが4台列をなして向こうからやってきました。ひえ、これはこの場所じゃなかったらちょっとすれ違いが大変だったかもしれない。先導車の運転手は「ご協力感謝します」とさわやかに去っていった。では私も先へ進みましょう。

ほどなくして峠に到着。広い駐車スペースも整備されているので安心して車を降りることができます。



IMG_6340.jpg
兵越峠 標高1165m

此の峠を兵越峠と名付けたのは武田信玄が上洛を志ざし、元亀3年(1573)10月3日(新暦11月18日)約2万5千の大軍を率い、信濃国遠山領を通り、青崩峠の少し手前で分隊し、一隊はこの兵越峠も越したと言われている。

信玄が上洛のため信濃国、遠江国の国境の峠を越すことに意を決めたのは信玄の家来秋山信友が永禄11年(1568)、遠江国奥山、天野の両氏を味方につけるためこの峠を越し、探索ののち5年後、天野氏を道案内として天野氏居城へ向ったのである。

この国境にある2つの峠は、青崩峠方面奥領家の谷は距離が短いため信玄の本体が通ったとしているが、兵越峠方面地頭方の谷は、北遠の穀庫といわれる谷で戦力を増すため雑兵、荷運搬馬は勿論の事、馬の餌、馬の草履、兵の草履、乾食糧などの徴発や、敵が潜んでいるのを予想してこの峠を越したもので両峠は10月10日(新暦11月25日)に越し南下したのである。この峠は信玄の兵が越したと言われるゆかりの峠である。

世の中の進歩が歴史の道を、そして峠を忘却の彼方に押し流そうとしている。それがどんなに歴史的な意義があろうがなかろうが・・・(説明板参照)


ちょっと主述の関係がおかしい文章ですが、嫌いではありません。最後の一文なんか普通の案内看板とは異なる味が出ていますね。あやしい文字がいくつかあったので適宜補正してあります。



IMG_6342s.jpg IMG_6347s.jpg
長野側                 静岡側

ここから浜松市天竜区ってのは違和感ありまくりです。政令市となるためにかなり無茶な合併をしたんだなあと。まああれですな。合併後の高崎市が地図の上では埼玉と長野の両方と接しているのと同じようなものですな。



IMG_6344.jpg IMG_6345.jpg
ここから青崩峠まで歩いていくこともできるようですが、南側から峠道を遡る予定だったので自重しました。



IMG_6348.jpg
峠の国盗り綱引き合戦

詳細はリンク先wiki参照。2016年(平成28年)第30回大会現在の戦績は信州軍17勝、遠州軍13勝で信州軍が4つ勝ち越しているとのこと。

関連記事

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリ

プロフィール

KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

フリーエリア

Twitter

スポンサーリンク

カレンダー

10 | 2019/11 | 12
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

メールフォーム

お問い合わせはこちらからどうぞ

名前:
メール:
件名:
本文: