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五戸古舘 ~南部氏被官木村秀清の館~

八戸市博物館を後にし、続いてお隣の五戸町へ。五戸古舘の跡地であるという町役場へ向かいます。



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五戸町役場                周辺地形



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古舘跡(兎内舘跡)

永正年間(1504~1520)木村秀清が築いた館と伝えられている。当初は兎内館といわれていた。兎内の地名は鎌倉時代よりみられ、その中心がこの古舘があったところである。
今、市川道とも下田街道ともいっている道路は外堀だったと推定される。北と東は10mを越す崖で、兎内全体が眺望できる高台となっている。規模は東西200m、南北300mで、五戸館より少し小さいが、要害の地である。現在は役場庁舎となっている。(説明板参照)




五戸古舘
地形図。北側に張り出した舌状台地の先端に築かれ、西に流れる五戸川を天然の堀とした要害の城であることがうかがえます。役場のすぐ東の道路も堀跡といわれ、この堀跡の上には役場に通じる橋がかけられているので、上から眺めることもできます。また地形的には南側の丘陵続きを断ち切る堀の存在も想定されますが、これについては消滅しているようです。




所在:青森県三戸郡五戸町古舘
評価:

明瞭な遺構はありませんが要害性は感じられます。説明板が設置されているのはうれしい。築城者とされる木村秀清の詳細は不明ですが、三戸南部氏の被官で、この周辺の領主であったものと思われます。木村氏はのちに五戸館へと移り、この古舘は廃されたものと思われます。

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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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