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大槌城① ~遠野次郎・大槌氏を称す~

大槌代官所跡の土台上にある立派な石碑に、次に向かう大槌城についての沿革が記されています。



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史跡 大槌城

大槌氏の発祥は、遠野横田城主阿曽沼氏が閉伊郡の沿岸地方治安のために、自らの次男遠野次郎を当地に派遣したことによる。建武年間(1334~)から正平年間のことであったという。遠野次郎は大槌氏を称し、以来最後の城主孫八郎政貞が自刃して果てる元和二年(1616)までの280年余の間、大槌城は同氏累代の居城として栄えた。
永享九年(1437)頃、時の城主大槌孫三郎は南部十三世守行の大軍と戦う。諸書に「此の城は滄海を前にして、高山を後にして、大槌小槌のニ川を左右にし、城をその中央に占め、之を攻めれども陥らず」とあり、また「所は屈竟之要害後は峨々たる山に続き、前は満々たる荒磯にて千尋立ぬ所なれば、守行公も攻めあぐんで和談にこそしたりけり」とある。大槌氏は存亡の危機を免れた。
その後大槌氏は南部氏の下で三千石を与えられ、平田から豊間根までを支配した。孫八郎政貞は、名産の塩鮭を江戸に送り「南部の鼻曲鮭」として珍重され声価を得たという。
しかし、後日南部氏によって大槌氏は滅亡する。
昭和63年11月30日 大槌町指定文化財となる。
    
平成3年3月 大槌町


後方の山上に大槌城が築かれたのですが、霧雨に覆われ姿を見ることができません。現在は城山公園として整備されており、車で山上まで向かうことができるらしい。さっそく移動。



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役場横の道を少し登ったところに図書館と体育館があり、ここにも城址碑と説明板があります。説明板の内容は麓のものと似たようなものですが、こちらの説明板のほうが後に設置されたもので、後半部分が追加されています。以下後半部分。

・・・
平場の標高120~140m、東西の全長400m。稜線上の施設を西から東にみると、西端基部を空堀で断ち切り、それに接して砦(おそらくは物見的なものか)、さらに再び堀で区切られ主郭となる。主郭(本丸)には帯郭を伴う。主郭の先端から東方へ階段状に二の郭・三の郭・四の郭が設けられる。平場の総面積は7,540㎡(2,284坪)前後となる。
大槌氏の滅亡後派遣された城代もこの城を居城としていたが、寛永9年(1632)代官制に移行して、代官所は山麓の四日町に設けられた。一方大槌城は、万治2年(1659)南部氏の命により取り壊されて消滅した。
平成4年9月4日、県の史跡に指定される。

平成5年3月 大槌町教育委員会


県史跡に指定されたため、新たに設置した説明板と思われます。せっかく県史跡に昇格したのだから麓の説明板の表記も直しておいたほうがいい気もしますが、あちらはあちらで平成3年時点の記載をあえて残しているのか、あるいは立派な石板のため撤去も修正も難しいのかもしれません。



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城山公園案内図


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震災前の景色

図書館・体育館周囲は麓から手軽に登れる高台となっており、眺望が開けます。看板の写真中央に見えるのは小槌川水門。約15mの高さがありましたが、3.11の津波はこの水門も乗り越え甚大な被害をもたらしました。






この動画の撮影場所ってこの付近のような気がする



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公園内道路を使って一気に山上へ。対向車が着たら焦りそうな狭い道で、随所に待避所や小駐車場あり。終点まで行くと回転広場となっています。早朝でだれもいなかったので回転広場に停めさせてもらいましたが、本来はその下の駐車場に停めるべきと思われます。



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城山桜広場



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南東側の眺め。かなりの規模の山城ということが伝わってきます。晴れていればもっと遠くまで見渡せていたのに。



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回転広場から主郭方向を望む。ここにも説明板が設置されています。内容はこれまでの二つの説明板とほぼ同じなので割愛。



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こちらの説明板には下のものにはなかった城の全体図があるのが重要。現在地の回転広場は主郭と西の砦の間の堀切部分に位置しています。



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主郭へ。アジサイもまだ咲いていたりして目を楽しませてくれます。



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主郭 城址碑

城内最高所で標高140m、面積523㎡。平成7年の発掘調査では堀跡と柱穴4基が発見されています。



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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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