FC2ブログ

記事一覧

遠野市立博物館

鍋倉城探訪後、その麓にある遠野市立博物館へ。現時刻は16:23。間に合うか。



CIMG0336.jpg
市立博物館へ

入館受付は16:30までということで、無事間に合いました。よかったよかった、ここはぜひ立ち寄りたかったところですからね。17時に閉館するという説明を受け内部へ。
(入館料300円



CIMG0337.jpg
第1展示室 『遠野物語』の世界



CIMG0339.jpg
『遠野物語』 明治43年6月14日発行初版



CIMG0340.jpg CIMG0341.jpg
CIMG0343.jpg CIMG0347.jpg
マヨヒガ オシラサマ ダンノハナ 神隠し・・・

展示室中央のジオラマスクリーンには遠野の創世神話をはじめ、多くの不思議な言葉が現れます。しばし眺めた後、閉館時間が迫っているのでやむなく離れましたが、次々と現れては消えるこのスクリーンの文字は小一時間は眺めていることができそうです。遠征時には秒単位で高速移動している私としては異例中の異例。「言霊」とでもいうのでしょうかね、ここの言葉には本当に引き付けられたのですよ。私が学生時代に遠野物語を愛読していたということも影響しているのかもしれません。

ちなみにここまで撮影禁止の表示もないのでとりあえず写真に収めてきているのですが、後日博物館のHPを確認したところ、館内の撮影は禁止されていないようですが、公開には制限がある可能性があります。この先もいろいろと撮影しているのですが、念のため資料系の公開は控えておくことにします。ということで撮影した写真と手元のパンフをもとに、以下言葉だけの説明。


第2展示室は遠野の人・風土・文化について。はじめの「町」のゾーンには明治から大正時代ごろの遠野の町が再現されています。「町のにぎわいシアター」や「遠野駄賃付け双六」など。

『遠野の城下は即ち煙火の街なり。』(遠野物語序文より)

次の「里」のゾーンには遠野の農村の暮らしが再現されています。「農村の1年のジオラマ」は季節感もよく出ていて動画撮影までしてあるのですが、公開すると怒られるかもしれないので自重。ほかにも生活道具や食事のサンプル、絵馬やオシラサマ、供養絵額など信仰に関する展示品も。

『夏に家の中に蛇が入ると金が入る。』(遠野のことわざ)
『猿ヶ石の渓谷は土肥えてよく拓けたり。』(遠野物語序文より)

もう一つ、「山」のゾーンには木こりや猟師の暮らし、山伏の山岳信仰など。山はこれらの人々の生活の場であると同時に、神や獣が住む異郷でもありました。

『山々の奥には山人住めり。』(遠野物語第3話より)


第2展示室を抜け、第3展示室へ向かう途中に「ライブラリーサロン」というスペースがあります。
そこで掲示されているのがこれ↓


CIMG0361.jpg CIMG0362.jpg
座敷童かわいい              カッパ

このカッパのクリアファイル(限定品)が1枚300円で販売されているんだそうな。マジですか。隣には「鉱山かっぱを作ろう!!」という絵が張られており、なかなかエキセントリックな色合いのカッパの姿もちらほらあります。


CIMG0364.jpg
こんなのとか

サロンを抜け、第3展示室へ。この日は「金山繁昌 -黄金に魅せられた人々-」という企画展示が開かれていました。日本の産金史や金山・坑道の写真、小判や鉱石の展示など。私こういった展示も興味あります。まじまじとのぞき込んでいて、はっと気が付く。現時刻16:50。やばい、時間がない!まだ2階にあるシアタールームに行ってないぞ。高速移動開始。



CIMG0387.jpg
第1展示室2階 マルチスクリーン・シアタールーム

複数ある10分前後の『遠野物語』の映像作品を選択して見ることができます。館内にはすでに閉館間近の音楽が流れていますが、最後に一つだけ見させてくださいとボタン選択してポチっとな。



CIMG0388.jpg
選んだ作品はこれ

迷い家(まよいが、マヨイガ、マヨヒガ)とは、東北、関東地方に伝わる、訪れた者に富をもたらすとされる山中の幻の家、あるいはその家を訪れた者についての伝承の名である。この伝承は、民俗学者・柳田國男が現在の岩手県土淵村(現・遠野市)出身の佐々木喜善から聞き書きした話を『遠野物語』(1910)の「六三」「六四」で紹介したことにより広く知られるところとなった。

『遠野物語』によれば、迷い家とは訪れた者に富貴を授ける不思議な家であり、訪れた者はその家から何か物品を持ち出してよいことになっている。しかし誰もがその恩恵に与れるわけではなく、「六三」は無欲ゆえに富を授かった三浦家の妻の成功譚となり、「六四」は欲をもった村人を案内したせいで富を授かれなかった若者の失敗譚を描いている。

また語源・表記については、「マヨヒガ」とは遠野での呼称であることが『遠野物語』および佐々木喜善の著作「山奥の長者屋敷」(1923『中学世界』に掲載)に記されている。これをもとに現在のさまざまな文献では現代仮名遣いに改めた「まよいが」や当て字の「迷い家」などと表記されている。(wiki参照)



CIMG0389.jpg CIMG0391.jpg

『遠野物語』
六三 小国の三浦某と云ふは村一の金持なり。今より二三代目の主人、まだ家は貧しくして、妻は少しく魯鈍なりき。この妻ある日門(カド)の前を流るゝ小さき川に沿ひて蕗を採りに入りしに、よき物少なければ次第に谷奥深く登りたり。さてふと見れば立派なる黒き門(モン)の家あり。訝しけれど門の中に入りて見るに、大なる庭にて紅白の花一面に咲き鷄多く遊べり。其庭を裏の方へ廻れば、牛小屋ありて牛多く居り、馬舎ありて馬多く居れども、一向に人は居らず。終に玄関より上がりたるに、その次の間には朱と黒との膳椀あまた取出したり。奥の坐敷には火鉢ありて鉄瓶の湯のたぎれるを見たり。されども終に人影は無ければ、もしは山男の家では無いかと急に恐ろしくなり、駆け出して家に帰りたり。此事を人に語れども実と思う者も無かりしが、又或日我家のカドに出でゝ物を洗ひてありしに、川上より赤き椀一つ流れて来たり。あまり美しければ拾ひ上げたれど、之を食器に用ゐたらば汚しと人に叱られんかと思ひ、ケセネギツ(雑穀を収納する櫃)の中に起きてケセネを量る器と為したり。然るに此器にて量り始めてより、いつ迄経ちてもケセネ尽きず。家の者も之を怪しみて女に問ひたるとき、始めて川より拾ひ上げし由をば語りぬ。此家はこれより幸運に向ひ、終に今の三浦家と成れり。遠野にては山中の不思議なる家をマヨヒガと云ふ。マヨヒガに行き当りたる者は、必ず其家の内の什器家畜何にてもあれ持ち出でゝ来べきものなり。其人に授けんが為にかゝる家をば見する也。女が無慾にて何物をも盗み来ざりしが故に、この椀自ら流れて来たりしなるべしと云へり。

六四 金沢村は白望の麓、上閉伊郡の内にても殊に山奥にて、人の往来する者少なし。六七年前此村より栃内村の山崎なる某かゝが家に娘の聟を取りたり。此聟実家に行かんとして山路に迷ひ、又このマヨヒガに行き当たりぬ。家の有様、牛馬鶏の多きこと、花の紅白に咲きたりしことなど、すべて前の話の通りなり。同じく玄関に入りしに、膳椀を取出したる室あり。座敷に鉄瓶の湯たぎりて、今まさに茶を煮んとする所のやうに見え、どこか便所などのあたりに人が立ちて在るやうにも思はれたり。茫然として後には段々恐ろしくなり、引返して終に小国の村里に出でたり。小国にては此話を聞きて實とする者も無かりしが、山崎の方にてはそはマヨヒガなるべし、行きて膳椀の類を持ち来り長者にならんとて、聟殿を先に立てゝ人あまた之を求めに山の奥に入り、こゝに門ありきと云ふ処に来れども、眼にかゝるものも無く空しく帰り来りぬ。その聟も終に金持になりたりと云ふことを聞かず。


この通りのお話の人形劇でした。最後にこれが見れて満足。
16:59、時間ぎりぎりに退出。ここまで充足感を得た博物館は近年まれでした。

関連記事

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリ

プロフィール

KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

フリーエリア

Twitter

スポンサーリンク

カレンダー

10 | 2019/11 | 12
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

メールフォーム

お問い合わせはこちらからどうぞ

名前:
メール:
件名:
本文: