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第5話 新海三社神社

『踏破者限定特別企画』
チェックポイント4 「二匹の龍? 新海三社神社 御魂代石」

水落観音を後にし、超狭路の山道を下り県道に復帰。3つ目のチェックポイントである「新海三社神社」(単に「新海神社」とも)を目指し西へ下ります。



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神社到着。デジカメの電池残量が相変わらず点滅状態なので、細かいところは飛ばします。



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東本社

室町期の建築で重要文化財。後方の三重塔も同じく重文。ただ国指定なのか県指定なのか市指定なのかの記載は無し。国重文を示す有名なマークはないのでその他どちらかの指定と思われます。



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奥:西本社  手前:中本社

主祭神の興波岐命(おきはぎのみこと)は出雲の大国主大神の孫神で、佐久の開拓神である。興波岐命の父神は諏訪の建御名方命で、母神は上野貫前女神(荒船大明神)。なお、境内や付近には「四十八塚」と言われる古墳群があり、古代信仰の痕跡だとの説もある。古墳時代に「県神社」であったとされる新海三社神社は、武家時代になると諏訪神等の影響を受け、佐久から上田までの広大な地域に勢力圏を誇った。なお、新海三社神社の別名を佐久神社、開(さく)神社という。これは興波岐命が佐久地方開拓の祖神であるからだという。南北朝時代の「諏訪大明神画詞」には「新開之神」(にいさくのかみ)として紹介されている。

江戸時代には、佐久の式内社に新海三社神社が含まれていないことから、佐久の総社たるこの古社こそ式内社であるべきだとして、論争が起こっている。明治初年の神仏分離では、新海神社三社神社の三重塔も破壊される予定だったが、神社が「これは塔ではなく倉庫である」と申し出たところ、それが認められ、今も境内に室町時代の三重塔が聳えている。また、戦前まで新海三社神社の御神幸が行われていた。乗馬した神職が南北佐久から小県郡一帯を神幸する大神事であった。(wiki参照)




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西本社と中本社の間に小さな空間があり、祭神が降臨する御魂代石が祀られています。



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御魂代石

境内にある御魂代石(みたましろいし)は二匹の龍?が彫られ、出雲系諏訪神の海洋民族性を表すとの説があり、また、日本で海岸線から一番遠い地点がある榊山とも深い関わりがある。この社が所在する田口の里は水底にいるかのような透明感があるといわれている。(『特別企画』pdfファイル参照)


証明写真はこれでクリア。ついでに上記説明文の二匹の龍というものをよく見ようとズームさせた瞬間、電源が落ちてしまいます。なるほど、動画撮影とズームは電力を余分に消費するのか。通常撮影だけならもう少しだけ行けるようなので、ズームは自重。



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拝殿



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鳥居


追記:記事を作成するにあたりネットでこの神社のことを調べたところ、予測変換で「新海三社神社 君の名は」と表示されます。どうも去年有名になったあの映画のモデルとなった可能性があるところのようです。当然ながら私はその映画見てませんけど。

佐久市長のツイート


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その神楽殿

・・・あくまで「可能性」の域を出ていないようですね。

さて、3か所のチェックポイントノルマも達成したし、ゴールへ向かうとしましょうか。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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