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第1話 田口峠

2017年6月17日(土) 晴れ 暑い

9:30出発

寝坊したので遅い出発。おまけに「日本で海から一番遠い地点」へ行こうと急遽思い立ったのが前日の夜であったため、準備も不十分。デジカメを充電し忘れたし、充電器やナップサックなどもすべて家に置いてきてしまった。せっかくの車内電源も活用できないな。まあしょうがない、半日くらいなら何とかバッテリーも持つでしょう。

前夜見たこちらのページのpdfファイルには、手順1に『佐久市臼田支所内の佐久市観光協会臼田支部において本リーフレットと「佐久市臼田ガイドマップ」を受け取ります。』とあったので、まずは臼田支所へ向かうことにします。ナビに支所を入力するとナビ君はr93田口峠越えを指示。ばかですか。あんな峠通るわけなかろうと。私は現プリウス号に乗るまでの間長らくナビなしで全国を走破してきた経験があるため、基本的にナビをあまり信用していません。ここでもナビを無視して内山トンネル越えでの信州入りを目指します。富岡から下仁田の中心部を抜けてR254を進んでいくと・・・



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6/22まで内山トンネル通行止め

ななんと。この国道では長野に行けないではないか。ナビ君がこのルートを指示しなかったのは正しかったのだな。ナビ君ごめんよ。

Uターンしてナビの指示通りr45へ。この道は今年のGWに南牧村探訪をしたときに通ったルート。こんなに早く再訪することになるとは。



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南牧村の奥地、r93とr108の分岐点。前回はこの分岐を直進し、熊倉城熊倉東城の下見をしたり三段の滝を訪れたりしたのでした。今回はここを右折しr93で県境越え・峠越えを行います。さっそく落石注意の電光掲示で精神攻撃をしてきます。



IMG_2269s.jpg
この分岐点でのナビ表示。「滝と巌の秘境」たる南牧村には無数の滝がありますが、長野との県境近くの一番奥まったところに南牧三名瀑として知られる象ヶ滝線ヶ滝があります(三名瀑のもう一つは三段の滝)。今回は滝はスルーして峠越えを目指します(ちなみに右側のバツ印が付いているのが通行止めのR254内山トンネル)。



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田口峠手前をちょっと拡大してみると、なんじゃこりゃレベルの道路線形。私峠越えあまり好きじゃないんですよ。時間はかかるし燃費も悪くなるし、未改良だと危険もあるし。改良された道や新しい橋とかトンネルとかが好きなのは、その構築物のおかげで大幅に通行が楽になっているから。無料の高規格道路とか大好きです。多くの税金をつぎ込んで建設された道をタダで活用させてもらっているわけですからね。

前振りはその辺にして、いざr93へ。のっけから狭路で主要地方道とは思えないレベル。



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一字一石経

享保年間(1719)に観音村の住民が経文を小石に1字づつ墨書きし台座の地下に納めたものもので、その小石は2500個に及んだという。県道脇にあります。



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県境

狭路が続き大変。この先もずっとこんな道だとしたらげんなりですよ。ちなみに県境から長野側に入っても登りは続き、峠はまだかなり先です。山岳地域の県境は自然地形によって定められるところがほとんどで、峠(分水嶺)に合わせて境界を定めるのが一番自然なことを思えば、峠のかなり手前に県境が引かれているのには違和感があります。しかもこの先の田口峠はただの峠ではなく、太平洋に注ぐ利根川水系と日本海に注ぐ信濃川水系を分かつ「中央分水嶺」であるというのに、です。

なんでこうなったのか興味がわいたので、ちょっとwikiの記述でも引っ張ってきますか。

群馬県道・長野県道93号下仁田臼田線

下仁田町から群馬県道45号下仁田上野線と重複して甘楽郡南牧村の谷奥へ遡り、45号から分かれてからは南牧川の渓谷を遡上して、南牧村の谷間の小集落を結ぶ。更に支流の馬坂川沿いを遡って県境を越え、佐久市(旧臼田町)広川原の集落を経て田口峠への連続ヘアピンカーブを越え、佐久側では雨川の渓谷を下って臼田市街に至る。

分水嶺は田口峠(標高1120m)で、短いトンネルで通過するが、江戸時代(確認できる範囲でも17世紀まで遡れる)以来の歴史的経緯により、群馬・長野県境は分水嶺よりも東側の群馬県寄りにあり、沿道の佐久市広川原地区・馬坂地区は長野県だが分水嶺の東、つまり利根川水系にある(馬坂地区は狭岩峡左岸にあり、対岸の右岸を走る93号は群馬県南牧村で、ここでは峡谷が県境になっている)。

主要地方道指定を受けてはいるが、山間部の極端な過疎地帯を越えて行く狭隘路線で大型車両は通過困難であり、荒船山を隔てて北方にある内山峠越えの国道254号のような拠点間交通路としては機能しない。途中には極端なヘアピンカーブ・急勾配を擁し、すれ違い困難な1車線区間も多数存在、県境付近の狭岩峡は地形の険しさが著しい(佐久市側だけでも170以上ものカーブが存在する難関で、車道としての条件の厳しさでは、単に群馬-長野の県境越え区間だけでも184のカーブがある国道18号碓氷峠旧道をも桁違いにしのぐ)。(wiki参照)


「江戸時代以来の歴史的経緯により」って、肝心のその経緯(内容)が書いてないと意味ないだろと。しょうがないのでいろいろ調べたところ、その経緯を記したサイトをいくつか見つけました。

<参考サイト>田口峠と県境(群馬~長野)の不思議

いくつか見つけたサイトの中で、上記のページが一番よくまとまっていました。こちらのページによると、いわゆる「行合裁面(ゆきあいざいめん)」により境界が定められたという話があり、それに加え利権関係も絡んでいたのではないかと考察されています。私もこの論には説得力があると感じました。詳細はリンク先頁参照。

それともう一つ、wikiの文の後段に「車道としての条件の厳しさでは、・・・国道18号碓氷峠旧道をも桁違いにしのぐ」とあります。R18旧道は先日碓氷峠の新城を見に行った時に通りましたが、確かに比較にならないほどこちらの道のほうが通行するのに気を使います。



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IMG_2290.jpg狭岩峡

長野側に入って少し進んだところにある景勝地。深い渓谷がありますが、写真写りはイマイチ。ふと上を見上げると今にも崩れ落ちてきそうな断崖絶壁。こっちのほうが怖いわ。



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同じく狭岩峡付近の景観。よくこんなところに道路を通したものです。落石防護ネットがありますが、岩が落ちてきたらこんなの簡単に突き破ってくるだろうなあと感じます。現地ではこの写真で見るよりもはるかに岩の迫力があります。

車1台分の幅しかないトンネルを通ったりしながらさらに山道を登ると、途中道幅が広がり分岐があるところに説明板が現れました。



IMG_2300.jpg
広川原の洞穴群

全く予期せぬ場所での説明板発見ですが、なんかどこかで聞いたことがあるような名称です。気のせいかな。興味はありましたが、今回の目的と関係ないところにあまり構っているわけにもいかないので、看板だけ撮影して先を急ぎます。

この後、上で掲載したカーブ連続の超うねうねゾーンに差し掛かるのですが、この辺りは全線すれ違い可能な道幅が確保されており、意外と走りやすい道でした。あるいはこのあたり、部分的に道路改良されているのかもしれません。この峠越えのルートで一番走りにくいのは群馬側から広川原にかけてと思われます。カーブゾーンの終盤トンネルを2つほど超え、いよいよ峠が近づいてきました。



IMG_2308.jpg IMG_2305.jpg
IMG_2307.jpg田口峠

中央分水嶺に到着。こちら側に振った水は太平洋へ、トンネルの向こうの水は日本海へ流れます。このあたりも海から一番遠い地点に誤差の範囲で含まれていそうなくらいの場所なのですが、正確な地点はここから西南西の道も無き山の中になります。眺めもいいからここでいいのにね。

田口峠越えの道そのものは江戸時代以前からの歴史のあるルートを辿っており、既に9世紀には最澄が信濃国から上野国へ向かう際に通過、その山越えの峻険さを記録している。徒歩・牛馬道としては北側の星尾峠や南側の余地峠と共に、佐久地方と群馬県南西部の交易路の一つとなっていたが、県境の特殊条件によって田口峠越えが現代に至るまでのメインルートとなった。

現道の大筋は、早くも1877年(明治10年)に群馬県により「高野道下仁田信濃国境七里十町三十七間」が県道三等の指定を受けている。その後川沿いの若干区間で右岸・左岸のルート変更が生じたとされる。府県道路線認定を行った群馬県告示第89号(1921年(大正10年)4月1日付)では「下仁田臼田線」として「北甘樂郡下仁田町ヨリ仝郡磐戸村ヲ經テ仝郡尾澤村長野縣界ニ至ル路線」の記載を確認できる。かつては「下仁田佐久線」「勘能臼田線」を称したこともあった模様であるが、名称の変遷が繰り返されており、詳細不詳である。

100年以上に渡って随所で拡幅が試みられてきたものの、地形と費用・需要の面から現状は部分拡幅施工と全区間舗装工事のみに留まっている。県境が分水嶺より東にある特殊条件による連絡の必要と、峠の標高の低さのためか、より南方の国道299号十石峠(海抜1351m)・県道124号上野小海線ぶどう峠(海抜1510m)が冬期閉鎖になるのに対し、同等に劣悪な道路条件でありながら93号は一応通年通行可能路線である。

峻険な地形条件のため、落石や倒木も多発する。2007年(平成19年)9月には台風や前線による豪雨で93号を含む多くの周辺道路が通行不能となり、沿道の南牧村・佐久市の山間集落は一時孤立する事態に陥った。(wiki参照)


次回、「日本で海から一番遠い地点」へ!

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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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