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青篠城 ~菊池右馬丞の城~

高間ヶ岡館からr8盛街道へ合流し北東へ進む。少し進んだ先にある江刺東中学校南の小山が青篠城(あおざさじょう)の跡で、西側の道路沿いに説明板が設置されています。



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青篠城

東中学校の南隣の森が青篠城跡である。南方にのびる丘陵に立地しており、東西は急な崖になっている。丘陵の中腹の北西から南方にわたって空堀がうがたれている。頂部の平坦面は、東西30m、南北80mの規模である。「仙台領古城書上」には、東西20間、南北60間と見え、菊池右馬丞を城主としている。この人物は江刺兵庫守の家老とつたえられている。(説明板参照)




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説明板設置場所から眺めた青篠城。この先は個人宅に繋がっているようで、車の乗り入れは不可。先人の記録を見ると、この場所に車を置いて徒歩で奥まで向かっていますが、日陰のない炎天下の道を歩く気はしないのでここは素通り。ちなみに個人宅の裏から山へ入る登城路があるようです。



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城のすぐ北、高台の上にある江刺東中学校。西側や北側の道路から眺めると高台の上に聳えるちょっとした要塞のように見えます。地形図を見るとこの中学校の側から城にとりつくのが距離的にも高度差的にも都合がよさそうなのですが、一番高低差の小さいところはスーパー藪状態。



CIMG0151.jpg
北西側(中学校側)から眺めた青篠城。藪がなければどこからでも行けそうな感じですが、さすがに夏場に藪漕ぎをするほど物を知らないわけではないので遠景のみ。本格的に城巡りを始めて2~3年目のころ(年間200城とか巡っていた若かりしころ)なら同じ条件でも平気で山に分け入っていたでしょうが、もうそんな無茶はできません(笑)



所在:岩手県奥州市江刺区玉里大松沢
評価:

こちらのサイトを見ると主郭北側の二重土塁が一番の見どころのようです。中学校側から突入すれば真っ先にこの二重土塁にお目にかかれたのでしょう。城主の菊池右馬丞という人物の詳細は不明で、葛西家臣江刺氏の重臣・菊池右近恒邦のことかもしれません。築城者は菊池秀恒とする資料もありますが、やはり詳細は不明。城主菊池氏はもとは九州の菊池氏であり、南北朝期に一族の一部が海路で奥州葛西氏を頼り遠野菊池氏となったと伝わるようです。

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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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