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下河原館 ~下河原玄蕃の居館か~

奥州市埋蔵文化財センターから奥州街道を南へ。R4水沢東バイパスを越え中ノ町交差点を左折すると左手に安養寺があります。



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安養寺

この寺の東側一帯が下河原館の跡地であるといいますが、まずは寺の敷地を軽く探索。西側の墓地の奥に藪の高まりが見えましたが、遺構かどうかは不明。この日はちょうど法事があったらしく、駐車場にそこそこ車が止まっており、正面の参道内にはタクシーまで止まっていました。



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安養寺東側。土塁跡らしきを越えたところに広がる平場(現在は農地)が館内であったようです。



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館内から見た安養寺



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現地や安養寺内には表示物は皆無でしたが、寺の手前の道路沿いにあった案内看板に下河原舘遺跡(城館跡)の表示がありました。すぐ隣の東舘遺跡も(城館跡)として表示されています。ほかにも城館跡の表示があり、私が事前に調べておいた数よりも多くの城館が分布しているようです。



所在:岩手県奥州市水沢区佐倉河東舘
評価:★☆

築城年代不明。館主は江刺伊手高屋城主及川豊前守の次男下河原玄蕃と伝えられています。玄蕃は柏山伊勢守に出仕していたと伝えられており、水沢城主佐々木貞綱と争ったともされています。城の規模は東西200m×南北150mほどで、西から内館(主郭)、東館、要害館、赤井館などの曲輪群で構成された連郭式の構造であったようです。案内看板にあった東舘遺跡(城館跡)の表記はこれを別個の城館ととらえてのものなのでしょう。遺構の確認は難しいようですが、郭の形状はそれなりに推測できるように思われました。表示物あり扱いのため評価プラス。

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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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