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箭造城 ~矢作りの名人~

管領細川勝元に仕えた漆原勘右衛門は阿波・讃岐・伊予で戦功を上げ、「勝」の1文字を賜り勝重と称します。勝重は矢箙に「讃岐井原郷、漆原勝重之を作る」と書くほど矢作りの名人であり、それゆえ居城も箭造城(やはぎじょう)と呼ばれたといいます。

勝重の子孫は庄屋漆原家となり、この漆原氏の屋敷跡は現在の川東体育館周辺とされ、漆原荒神社が祀られています。しかしこの屋敷は庄屋となった頃に移転したものであり、それ以前の箭造城の場所は現在のR193旧道「塩江街道」西側の「公城」と呼ばれる一帯ではないかと推測されています。



P5091120.jpg
「公城」の地に残る城ヶ内荒神社



所在:香川県高松市香川町川東上
評価:

箭造城の規模は南北105.6m、東西84mともいわれています。漆原氏の移転等で位置は定かではなくなっていますが、「公城」の名の残る場所に隣接して「城ケ内」の名も残り、この近辺が城跡である可能性は高いと思われます。

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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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