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冠纓神社

東山城の麓から出発。再び「州津」の信号まで戻り、撫養街道からR32へ復帰。R32阿波別街道はここから峠越えの道になります。



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猪の鼻峠 標高413m

県境の峠をトンネルで通過して香川県入り。今回の旅では基本海沿いを走りつつも、峠もいくつか越してきていますが(峰ノ上根曳峠など)、この猪の鼻峠が一番標高が高い道路地点であったかもしれません。ここからは金刀比羅宮の脇をかすめて一気に高松市内へ。雨は上がった代わりに霧っぽい天候となってきたので、景勝地関連を巡ることはあきらめ、とりあえず空港近くまで移動してから周辺の平地城館を巡りつつ時間調整を行うという方針に切り替えました。高松市香南町に入り市役所支所近くまで車を走らせると、大きな神社案内の看板が目に入ります。ちょっと寄ってみますか。



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冠纓神社鳥居

立ち寄ったのは冠纓神社(かんえいじんじゃ)。別名は「かむろ八幡宮」で、香南町の氏神として親しまれ、縁結び神社としても知られるんだそうな。



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境内案内図

秋季例祭で披露される夫婦大獅子舞で使用される大獅子は県指定有形民俗文化財で、日本一の大きさともいわれる。讃岐国香東郡井原庄出生説もある安倍晴明が神主をしていたという伝承もある。境内には樹齢800年以上の楠を始め100種以上に及ぶ植物が群生しており、香川県自然記念物に指定されている。(wiki参照)   




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宮池と厳島神社             香川県指定自然記念物「冠纓神社社叢」



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861年(貞観3年)、讃岐巡礼中の円珍が井原庄に着いた時、鳩峰大自在王菩薩が現われて井原庄を鎮護すると云った。このため円珍はこの地の里人の力を借りて、宝蔵寺を建てた。1357年、細川頼之が厚く保護・尊崇し京都石清水八幡宮の冠纓を奉納した。このことから冠尾(かむりお、またはかむろ)八幡宮と呼ばれるようになり、後に冠纓神社となる。現在も地元の人は「かむろ」と呼んでいる。以後も細川氏による信仰・保護を受け、細川氏が衰えた後も由佐氏がこれを引き継いだ。後に讃岐国を支配した生駒親正や松平頼重も社領の寄進をするなど当社を保護している。

明治に入ると郷社に列格し、1907年、神饌幣帛料供進神社にも指定されている。1918年には県社に昇格した。1970年、獅子舞に使用される大獅子が県の有形民俗文化財に指定される。1977年、古来よりの自然が残る鎮守の森が香川県自然記念物に指定された。1982年、万葉集天治本が発見され、重要文化財に指定された。(wiki参照)




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拝殿                  水神


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清澄の鐘                龍王神社


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願事は一つで              これは・・・


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陰陽の神さま


掲載は省略しますが他にもパワースポット的なものがいろいろ。例えるなら「開運テーマパーク」といったところでしょうか。それなりに楽しむことができましたよ。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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