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田ノ岡城 ~田岡刑部の城~

大西城からR32に復帰し、「四国中央橋」で再び吉野川を渡河。「州津」の信号で撫養街道へ入り、少し走ると道路上に城を示す目立つ看板があります。



P5091073.jpg
看板

この看板のところから右手に道はあるのですが、入るのを躊躇するほどの細さであったので通り過ぎ、結果やや大回りをすることになりました。ちなみにこの看板のそばに説明板があり、「大木戸跡」の名残の木製表示が建っています。



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大回りして城のそばに到着。工事用車両が見えます。写真に写ってませんが周辺には工事用プレハブ施設のようなものもあり、継続的に何かしらの工事を行っているようです。



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堀跡らしき               堀切?

丘陵周辺には堀跡のような地形が残り、上部には二つの小さな小山のピークがあります。説明板によると南丘(右写真右側)に本丸、北丘(同左側)に支城があったとされていますが、この距離で本城・支城というのはいささか無理があるように思えます。せいぜい一つの城の中の出丸程度の規模にすぎません。二つの小丘に分ける中央部分は堀切とされており、工事用車両の進入路となっていました。



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標柱!

読みにくいですが「田ノ岡城」と「主将 田岡刑部」の表示がなされています。



P5091070.jpg
本丸とされる南側小丘内に鎮座する祠。主郭とするにはかなり狭い現状です。




所在:徳島県三好郡東みよし町昼間
評価:★☆

田岡刑部の居城であったというほかは詳細不明。遺構面もよくわからないところが多く、周辺の状況から判断して工事車両により削り取られた部分も多いのかもしれません。ちなみに先人たちの記録を見ると、かなり以前の段階でも工事用車両や残土置き場のようなものについて触れている方もいます。いったいそんな長期間何をいじくりまわしているのだろうか。

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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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