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高知城⑤ ~全国唯一の完存本丸~

その④では天守最上階から見た南・東・北側の光景を紹介しました。
残った西側からは本丸内が一望できます。


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西側 本丸内の様子

左上から時計回りに黒鉄門黒鉄門西北矢狭間塀西多聞廊下門東多聞と続き、天守下に連結しています。廊下門はその②でも一度触れましたが、これら建築物はそれぞれが城内に15棟ある国重文の一つです。

本丸は標高44.4m、変形の土地で総面積は約1,580㎡。その中に天守をはじめとして本丸御殿・納戸蔵・廊下門・東多聞・西多聞・黒鉄門などが配置され、外回りは銃眼の付いた矢狭間塀でつないでいる。本丸の全ての建造物が完全な形で残されているのは全国12の城郭(注:現存天守のある城を指していると思われる)の中でも高知城だけで、たいへん貴重な遺構である。 本丸の建物は慶長6年(1601)創建、享保12年(1727)火災のため全焼、寛延2年(1749)前後の再建であるが、創建当時の 規模をそのまま残している。(天守下説明板参照)




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本丸の南半分。眼下には本丸御殿。私はここで現存12天守をすべて巡りましたが、天守の真下にこれだけ瓦屋根がひしめいているのはここ高知城だけです。本丸御殿の先に見えるのが納戸蔵の屋根で、そこから右方向に黒鉄門東南矢狭間塀~黒鉄門と続きます。



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本丸御殿の庭はこじんまり



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東側下 左:三の丸 右奥:杉の段

鉄門跡の枡形も確認できます。



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その②の詰門前のところで述べましたが、上から見るとよりわかりやすいのでここでおさらい。攻城側は城の図面など持っていないのが普通なので(本来縄張図などは最高機密)、鉄門を突破した後本丸を目指すには真っ直ぐ正面の詰門に攻め寄せるのが自然です(矢印)。しかしそこは詰門、本丸、二の丸からの集中攻撃を受ける死のゾーンと化します(ついでに天守からも攻撃できます)。さらに仮に詰門を突破できたとしても、その先に本丸への道はなくただ逆側に抜けるだけ。あくどい縄張り。

天守からの眺めを充分に堪能し下に降ります。



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天守から降りると、続いて上からも眺めた本丸内の現存櫓内部も見学できます。
ここからはダイジェストで紹介。



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東多聞内では長宗我部氏と一領具足について。一領具足の活躍と、兵農未分離集団の限界についての解説。



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東多聞から廊下門へ。反対側には西多聞。この廊下門の下を詰門からの通路が接続しています。



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廊下門内部は主に領民の生活についての展示。交通・文化・美術など。クジラ漁の模型とかすごいね。



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一番奥に「土佐の幕末」コーナー。複製ですが山内容堂や龍馬が着た服も展示されています。


ということで有料区間から退出。展示物も充実していてとても楽しめました。



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黒鉄門

入母屋造櫓門・国重文。儀式の際に藩主が出入りする門であったとか。



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黒鉄門から本丸を退出すると、左手には黒鉄門東南矢狭間塀天守東南矢狭間塀が続きます。これらも城内に15棟ある国重文の一つに指定されています。



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こちら側は本丸への裏口にあたるのでしょうか。高石垣と狭められた通路、さらに矢狭間塀からの側射により、こちら側から攻めるのも容易ではありません。



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鐘撞堂                 武者走

本丸下の武者走も通路は狭く、長い距離を一列縦隊で本丸内からの攻撃を受け続けるというルート。頭上には矢狭間塀の銃眼、石落としに加え石樋も出ています。この場所の1段下には同様の構造の犬走があります。



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詰門が見えてきました。頭上の塀は天守西北矢狭間塀で、これも城内に15棟ある国重文の一つ。



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詰門前に帰還。本丸経由で一周しました。詰門まで到達した攻め手は、どのルートを通ってもまともに本丸まではたどり着けないだろうなあと実感できます。ちなみにこの場所から天守を振り返って撮ったのがその④の1枚目の写真。天守内で遭遇した若い子たちに追い越された。


その⑥へ
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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