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高知城③ ~現存本丸御殿・懐徳館~

それではいよいよ建物内へ入ります。


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忘れちゃいけない100名城スタンプは入口の受付にて。
シャチハタタイプで良好、97箇所目を無事押印。ラスト3。
通常スタンプもあるのであわせて押印。



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玄関から入ったところは「懐徳館」の「式台ノ間」。
懐徳館とは現存の本丸正殿の別称で、城内に15棟ある国重文の一つ。

現存天守が12基あることは有名ですが、現存御殿がいくつあるか知っている人はかなり城知識を持っている人です。本丸御殿が残っているのは高知城川越城、二の丸御殿が残っているのは二条城掛川城で、合わせても4城のみ。移築されたものが部分的に残ったりしているケースは他にもありますが、城内に完存している現存御殿というのは現存天守よりもはるかに希少なのです。その中でも高知城は天守と御殿が両方現存している全国唯一の城となります。



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「功名が辻」関連の展示もあります。千代役を演じた仲間由紀恵さんが着用した衣装も。



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納戸蔵」には駕籠や欄間の展示。この「梅丸彫」の欄間は、享保の大火以降に二の丸御殿内の「御化粧ノ間」に用いられていたとのこと。ちなみにこの納戸蔵も城内に15棟ある国重文の一つ。現状は懐徳館(本丸御殿)と接続して一体の建物となっていますが、正式にはそれぞれ別個の建築物扱いになるようです。



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「四ノ間」から「三ノ間」へ。三ノ間に入ると右手には小さい「御茶所」。



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手前「三ノ間」(次の間・12畳) 奥「二ノ間」(下段の間・8畳)

掲げられているのは「波の透彫欄間」。土佐の黒潮の波をかたどったもので、簡素ではあるが現代的なセンスも見られるデザインとなっています。



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・・・


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・・・いいですね~

格式のある典型的な書院造の様式です。初代藩主山内一豊夫妻が一時期住んでいたともいわれていますが、高知城には二の丸・三の丸にも御殿があったため、特別な儀式のときを除いては本丸御殿が使用されることはほとんどなかったといわれています。庭は決して広くない、というか狭いのですが、上品にまとまっています。



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「上段ノ間」

ほかの部屋より床を一段高くした藩主の御座所。掲げられている書は15代藩主・山内豊信(容堂) の「夕暮曲(複製)」。向かって左側には帳台構えがあり、裏は納戸となっていて別名「武者隠し」とも呼ばれています。



動画



帳台構えも確認できます。



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「竹の節欄間」と「杉の板戸」




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先ほど触れた武者隠しも見ることができます。上段ノ間の裏側の通路を回り込んで・・・



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「武者隠し」

藩主護衛の武士がここに隠れていたことから。扉の先は上段ノ間。通常は納戸として用いられていたようです。



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「天守取合ノ間」から天守へ。天守外壁は土佐漆喰の白壁。きめが細かく厚塗りが可能で、雨に強いため外壁に使用されます。



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天守側から見た本丸御殿。小ぶりながら大変見ごたえありました。
それでは続いて天守内の紹介。


その④へ
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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