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奥山氏居館 ~みかん畑の居館跡~

方広寺を後にし、奥山の信号からr303を東へ。奥山小学校を過ぎ左カーブを曲がり、すぐに右手にある一段高くなっているところが奥山氏居館跡とされています。幟旗が建ち並んでいるので見落とすことはありません。車を停める場所を探して周囲を一周しましたが、専用の駐車場は無し。こういうところで駐車場所を発見するのがこれまでの経験の蓄積。



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みかん畑の広がる奥山氏居館跡。方広寺とともにこちらも大河第6回の紀行で紹介されています。公式HPに載っている写真と同じアングルですね。館跡に伸びる砂利道が写っていますが、これは作業用の軽車両が入る通路だと思われ、この先にスペースはありません。駐車場がないからと車でこの道に乗り入れたりすると悲惨な目に合うと忠告しておきましょう。



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館跡内部を南側から。内部もみかん畑となっています。みかんで有名な旧三ケ日町の近くということもあり、このあたりもみかん栽培が盛んなようです。たくさんのみかんが落ちていてもったいなく感じますが、散乱しているのは元から売り物にならないものなのでしょう。北側には道路を挟んで奥山神社があります。



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たなびく幟旗



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説明板発見

井伊家の分家である奥山氏の居館跡がこの地に想定されています。奥山氏は分家とはいうものの、嫡流家に匹敵する力を持っていました。南北朝時代の当主奥山六郎次郎朝藤は、後醍醐天皇の皇子、無文元選招き、奥山方広寺を開いています。また、奥山氏一族は、永禄3年(1560)桶狭間の戦いで今川義元に従い、多くの戦死者を出したといわれています。井伊直政の実母(奥山因幡守朝利の娘)も奧山氏の出身です。(説明板参照)




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井伊家ゆかりの城と居館の位置表示もされていました。



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所在:静岡県浜松市北区引佐町奥山
評価:★☆

日当たり良好で、奥山地域を治める居館を定めるにはもってこいの立地です。説明板や幟旗がなければどこにでもあるただの段畑そのものなので、表示物設置の功績は大といえます。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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