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方広寺(前編)

井伊谷の最寄ICである浜松いなさICに到着。さて、1発目はどこを探訪しましょうか。

なんとなく考えていたのは、引佐町の最も山奥にある渋川・寺野地区。井伊氏関連の史跡が多く残り、かつ三遠南信道の渋川寺野ICができたことによりアクセスしやすくなったのですが、どう考えても今後のスケジュールを考えるとそちらに立ち寄っている時間はないようです。っていうか三遠道路のほうじゃなく浜松いなさICのほうに降りちゃったし。こちらの地区の探訪は第2次遠征時に回すことにします。

ということでまず向かったのは奥山地区の方広寺。
奥山家ゆかりの名刹で、大河第6回の紀行で紹介されたところですね。



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浜松いなさICから7分ほどで門前町のようなところに到着。このゲートの先には方広寺総門があります。手前には大きな池があり、「夢の浮橋」という木橋が架けられています。寺はここからさらに山を登ったところにあり、車で上のほうまで登っていけます。



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案内表示に従い方広寺駐車場到着。私が朝一番の訪問者のようで、他に観光客の姿はなし。
ラッキー、これはじっくり見学できそうです。

まずは拝観料を支払うため、駐車場内にある受付へ。ふむ、大人一般400円か。立派なお寺さんだし妥当なところか、と支払おうとしたところ、受付のおばちゃんに「竜ヶ岩洞との共通セット券」を薦められる。
竜ヶ岩洞、事前に周辺の地図を眺めていた時に気になっていたスポットだったんだよね。予定ではスケジュール的にカツカツだったのでスルーすることにしたのですが、ここでお得なセット券とか言われてしまっては、再び興味が沸いてきたじゃないですか。よし、行きますよ!

共通券購入:1,000円(別々に買うと合計で1,400円かかる)

お金を支払うとおばちゃんからいろいろ資料を渡され、寺の見どころについて詳しく説明してもらいました。もらった案内図を見ると、見学スポットが26箇所もあるじゃないですか。しょっぱなからすごいところに来ちゃいましたよ。どれくらい見てまわることができるかな。ちなみに上の写真では⑨番目のスポット・三重の塔が写っています(以下丸番号は案内図の数字)。「倒産よけの塔」として財界人がお参りに来ているんだとか。

これから先、随所で見学したスポットで説明板も一緒に撮影していますが、いつものように内容を記載しているとそれだけで軽く1週間はかかってしまうので、記載内容は極力簡略化することにします。それでも実際の見学時間より記事作成のほうがはるかに時間がかかってしまうのはいつものこと。



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駐車場からお寺までは少しの距離歩きます。谷を挟んだ向こうには立派なお寺の建物。



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ひえー、風が強い。

これは花粉飛散しまくりでしょうなあ。



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七尊菩薩堂(国重文)

応永8年(1401)建立の棟札を有する県下最古の木造建築。
すごいね、国重文だよ。現存天守と同格だね。



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亀背橋

駐車場からずっと気になっていたこの赤い橋。ちょっと戻って渡ってみることにしました。
説明板がなかったので由来等詳細不明。



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深い谷をまたぐ橋で、歩いて気持ちいいです。床板の隙間から下が見えますよ。



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勅旨門

この門の奥に開山堂が建っています。
資料には「後醍醐天皇の皇子を開山に迎え~」とあります。



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半僧坊真殿

方広寺の鎮守。
開山禅師の「汝はそのままで半ば僧である。あえて剃髪するに及ばず」の言葉から。



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「昇龍降龍」

半僧坊真殿に備わる木彫の彫刻。工匠岩五郎の作。見事なものです。



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半僧坊真殿内。様々な説明書きがありますが、掲載省略。

ここから⑭奥の院へ向かう道がありますが、看板には「急な山道 片道20分」の表示が。実際はそんなにかからずに行けると思いますが、今後のことを考えて自重しました。うーむ残念、これで完全攻略はならずか。でもこれで変な義務感もなくなったので、逆にすっきりしたのも事実。気も軽くなったので、そろそろ建物内部へ向かいます。



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大本堂

でかっ!写真に納まりきらないや。
間口32m、奥行27mの東海屈指の木造建築なんだとか。

寺の沿革を記した説明板がありますが、長文に付きwikiからの抜粋で変えさせていただきます。

方広寺は1371年(建徳2年)この地の豪族奥山朝藤の開基により、後醍醐天皇の皇子無文元選を開山として創建された寺である。1587年(天正15年)後陽成天皇の勅願所となり、江戸時代には江戸幕府から朱印状が与えられている。明治に入り臨済宗南禅寺派に属していたが、1903年(明治36年)独立して臨済宗方広寺派の本山となった。なお、この寺に祀られる半僧坊権現は開山の無文が中国の元から帰国する際、悪天候の中、無文の乗った船を守護したとされる神である。





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鐘楼



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方広寺本堂「大鬼瓦」

重さ1トン。



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大庫裡

正面に「本日拝観中止」の看板が出されていて一瞬「ゲェッ」ってなったけど、右手に見える受付の中にいた人と目が合って、チケットを持っていることをアピールしたら「どうぞ中へ」というジェスチャーをしてもらえた。よかったよかった。



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建物内に入ると、すぐ右手に㉒宝物殿があります。わーい、直虎のポスターも貼ってあるよ。

「展示物の撮影はご遠慮ください」とあるので撮影はしません。千利休の像などいろいろなものがありました。また特別展で「井伊家・奥山家と方広寺」というコーナーが設置されており、井伊直政の母(奥山朝利息女・本名は明らかではないが地元では「おひよ」、大河ドラマでは「しの」として登場)の像がありました。このコーナーで入手した「方広寺と直虎」という資料では、次郎(直虎)と「しの」は龍潭寺南渓和尚のもと、非常に親密な関係で井伊直政を育てたとあります。現時点でのドラマ上では両者は微妙な関係となっていますが、今後の関係の変化にも注目です。



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おお、新野左馬助(親矩)のポスターまで。
大河でも初回から登場しています。苅谷俊介さんがいい味出して演じていますね。
この先「井伊家を救った」と言われる大きな見せ場が出てくるでしょう。



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「十万一念力の毛綱」

展示室の外側の廊下にあったので撮影しました。⑥とありますが案内マップの数字とは関係ありません(笑)
本物の頭髪の奉納により作られたもの。長さ90m、重さ150㎏あるといいます。



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こういう廊下部分も雰囲気あって好き



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それでは本堂へ


うーむ、かなり端折って書いているのですが、やはり長くなってしまったか。
続きは後編に分けます。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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