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蓮池城 ~400年の興亡を繰り返した城~

須崎からR56で土佐市へ。次なる目的地は土佐市にある蓮池城
高知道土佐IC南にある城山公園が跡地となります。



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国道沿いの城山公園入口

しっかり案内表示もされていてわかりやすい。
では早速突入・・・



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超極細!

ちょっとこれは無理かもわからんね。

少し登ったところ右手に舗装されたスペース発見。公園用の駐車場なのかどうかいまいち不明ですが、ほかに選択肢は皆無なのでここに車を避難。



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車を停めた後、入口にあった城址碑のところまで戻って写真に収める。個人的に一番重要なポイント。
ちなみにこの碑のある所の前面には水路があり、水堀のようにも見えて面白いです。



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上へ。この道、普通車で登っていくのはまず無理だ・・・



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しばし遊歩道を歩き、山上の公園中央部に出ました。案内図があります。



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現在地は赤丸地点。この図上方の国道から繋がっている「入口」から歩いて登ってきましたが、車利用者はこの図右下の「駐車場」とあるところに車を停めて登ってくるほうが良いと思います。というか、車では登ってこれません。



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なぜか建っているトーテムポールを背に、主郭への階段を登る。



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主郭は展望広場になっており、神社が祀られています。広さは十分。

この神社は蓮池権頭家綱公を祀る。嘉応2年(1170)平氏の家臣近藤家綱が平氏荘園の守護として蓮池城を創建し蓮池姓を名乗った。善政により権頭に任せられた後、越知町柴折に刺客の手に倒れ遊行寺に葬られた。以来八百数年目に御霊を故山に迎えたものである。(説明板参照)




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ここにも立派な城址碑があります。奥に小高くなっている地形があり、上にはサイレンのようなものが設置されています。櫓台跡かもしれませんが何とも言えません。

蓮池城の興亡

ここに城が定められたのは、嘉応2年(1170)平氏の家人近藤家綱(蓮池権頭)が、平氏荘園の守護として居城したのに始まり、その後源頼朝の討手に滅ぼされた。
建久3年(1192)藤原国信が居城して大平氏を名乗り、広大な勢力圏を形成し、文化面でもすぐれた活躍をした。
天文15年(1546)幡多一条氏が東進し、大平氏を滅ぼし、一条氏の番城となったが、弘治3年(1557)には本山氏が一条氏を撃退して城を奪った。
永禄3年(1560)長宗我部氏と本山氏の争いが起こり、これを機に一条氏が城を奪回した。永禄12年(1569)弘岡城主吉良親貞が一条氏を追い、その子親実が城主となったが、長宗我部盛親の継嗣問題で元親の逆鱗に触れ、親実は自刃し、こうして400年余、戦国武将が興亡を繰り返してきた蓮池城の歴史は、幕を閉じた。(説明板参照)


ちなみにこの場所が主郭であると現地で明示しているものはありませんが、城内最高所であること、神社や城址碑があることなどから主郭として掲載しておきます。



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案内図のある広場に戻り、1段下のさくら広場へ。左手上に見えるのは公園の自由広場で、こちらも城の郭跡であることは明白です。さて、この場所から城山公園西側の遊歩道を通って駐車場所に戻ろうとしますが、進んでいくと道は左に曲がっていってしまう。これは城山の反対側に降りて行ってしまう道だ。しかしほかに道はなかったように思えるが・・・と、デジカメの公園案内図写真を見返しながら、とりあえずさくら広場まで戻る。



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ここが正解の道か~
入口が木に隠されてわかりにくかったですが、葉をかき分けて奥に進むとしっかり遊歩道が続いていました。



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所在:高知県土佐市蓮池
評価:★★

完全に公園として整備されているので、虎口や堀切といった城の遺構的なものは残っていないようです。ただ案内図や地形から当時の縄張りを感じ取ることはできます。国衆レベルの城としては規模もそこそこあり、小勢では落とすのは難しい城でしょう。長い期間存続していたこともうなずけるものがあります。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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