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須崎八幡宮・ノルマントン号事件碑

道の駅で入手した史跡めぐりマップには20ヶ所の史跡ポイントが記載されていますが、本日の行程のところで「その場のノリで予定外のところを見学するのは自重する」と宣言したばかりであるので、しらみつぶしに探訪するという暴挙はやめておきます。土佐藩中砲台の跡地を発見できただけでも大きな収穫ですし、マップの史跡で他に城館らしきものは「高岡郡奉行所跡」くらいしかなさそうなので、コンプリート癖の深みにはまる前に次の場所へ向かうことにします。
・・・が、ちょうど町中離脱の経路上にマップ記載の史跡ポイントが2つあったので、ここだけはついでに見学することにしました。車は市立体育館・公民館の駐車場へ。最後の1台のスペースが運良く残っていたので駐車することができましたが、ここに停められなかったら町中は車を停められそうな場所がほとんどなかったので難儀したことでしょう。



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マップNo.16 須崎八幡宮

体育館の隣に鎮座。境内には西鴨神社と稲荷神社も祀られています。



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鎌倉期、正安3年(1301年)この地に八幡宮が祀られていた。戦国末期の武将、津野孫次郎親忠(須崎城主)が奉納したと伝えられる甲冑、武者人形が保存されている。宝永の大地震の津波で八幡宮の神輿が伊豆まで流されたが、流れ着いた伊豆では豊漁が続いた。この噂が須崎まで聞こえ、伊豆まで神輿を迎えにいったことが木札に記録されている。夏祭り(旧6月15日)には、市指定無形文化財・絵金の芝居絵が公開される。秋祭り(10月15日)には、県指定無形文化財・多ノ郷の太刀踊り(花取踊り)が奉納される。(説明板参照)


伊豆まで流されたってすごいね。



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もう一つの史跡ポイント マップNo.17 ノルマントン号事件の碑

明治19年10月、横浜発神戸行きの英国汽船ノルマントン号が紀州沖を通過のおり難破した。船長以下26人の外国人船員全員はボートで脱出したが、日本人乗客23人全員が水死した。そのなかに、新土居(現 津野町)の山崎正善も乗船していた。裁判では、幕末に締結した不平等条約によって船長は無罪となり、裁判の不当性に国民は憤慨した。政府は条約改正に向けて諸外国と交渉を重ねて条約改正に成功し、日本が近代国家へと発展していくきっかけとなる。この碑は、条約改正を祝って海に近いこの場所に建てられたものと思われる。(説明板参照)


義務教育の教科書にも載っている有名な事件ですね。碑文は漢文体で刻まれていました。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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