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土佐藩中砲台 ~須崎3か所の砲台の一つ~

道の駅で入手した史跡めぐりマップによると、須崎砲台土佐藩西砲台)跡の前の道を真東に進むと「土佐藩中砲台跡と寺田寅彦療養の地」というスポットがあるらしい。
ということで狭い道をまっすぐ東へ。マップでは「須崎保育園」を過ぎたあたりが目的の場所となっているが、その保育園が見つからず、代わりにシルバー人材センターの建物を過ぎたところで説明板を発見。ここもあれですか、少子高齢化の影響で保育園が老人施設に変わったパターンですか。



P5080062.jpg

土佐藩中砲台跡と寺田寅彦療養の地

文久3年(1863)に西砲台と共に築造された。大砲、薬室庫とも4門が備えられていたが明治に民有地へ払い下げられ、僅かに市道北側の高低差にその面影を残している。
明治34年高知出身の物理学者で随筆家であった寺田寅彦が療養のため大西旅館(現社会福祉センター)へ8ヶ月間滞在した。その間、海辺を散歩してスケッチをしたり、音楽を楽しみ須崎の人々と交流している。文学誌「ホトトギス」に発表された随筆「嵐」に書かれているヤマブキ(山吹)の木は今も同所で育っている。「天災は忘れたころにやってくる」、地質学者としても有名である。
(説明板参照)




P5080064.jpg
説明板にある「社会福祉センター」ってのが周辺に見つかりませんでしたが、のちに調べたところによると、説明板の背後にある空き地が社会福祉センターの跡地で、2014年ごろ?に取り壊されたようです。

写真を撮影していると、後ろから「なにしてるんだい?」との声が。振り向くとそこにはタンクトップにトランクスという超ラフな格好のおっちゃんが怪訝な顔をして立っていた。「この説明板とかを撮ってたんですよー」と答えると、「ふーん、でも何もないでしょ」と一言。

うん、確かに何もありませんね(笑)



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所在:高知県須崎市南古市町
評価:

「周りには何もないけど、説明板があるじゃないですか!」とか言わなかったところに、私の対人能力の向上が現れています(笑)。西、中、東の3カ所に築かれた須崎の台場のうち、残る東砲台についてはマップにも記載がなく、全くの詳細不明です。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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