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日本の道100選 足摺サニーロード

宿毛にて松山からずっと走行してきたR56を離れ、土佐清水へ向かうR321入り。R56へは四国最南端を経由したのち、四万十にて再び合流予定。期せずしてR321を終点から始点まで全区間走行することになります。

R321は大月町でいったん内陸を走りますが、町の最南部・才角地区で太平洋に面します。
ここから土佐清水市街に至るまでの区間が、R321の中でも走りごたえのある有名な道。



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足摺サニーロード

高知のみならず四国内でも有数の観光国道であり、その景観は見事。
日本の道100選にも選ばれています。

日本の道100選、結構走ったところは多いものの、単独で記事にしたのは今のところR140秩父往還道だけか・・・写真が残っているものについては、徐々に体裁を整えて掲載していくことにしましょう。



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サニーロード」・・・南国の海岸道路にふさわしいネーミングです。赤い花は足摺岬に咲く椿の花か。その名のとおり太陽が燦々と照る時期などは最高でしょう。R321もいい愛称を付けられて喜んでいるでしょうね。



ちなみに勘のいい人はすぐ気づいたかもしれませんが、この愛称にはもう一つの意味が含まれています。

国道321号

3  2  1

サ ニ ー


駄洒落か!(笑)



P5070687.jpg
土佐サンゴ発祥の地

ここ月灘沖を含めた渭南海岸には、徳川時代から多数のサンゴがあることがわかっていました。一人の漁師が「宝石サンゴ」を釣り上げた偶然が、日本サンゴ史の始まりといわれています。土佐藩では厳重に採取を禁止し、その所在を口にすることを固く禁じました。このことは今なお残る童唄

お月さんももいろ だれがいうた あまがいうた あまのくちひきさけ  
(小才角で唄い継がれてきた唄)

に、うかがい知ることができます。この唄は口止めされた漁師や子供たちによって唄い継がれたもので、小才角はこの唄の故郷であります。
明治維新後この禁令は解かれ、明治6年にこの付近の海域ではじめてサンゴ船による採取が行われるようになると、サンゴ漁は急速に発展しました。明治20年代には七百隻もの採取船が出漁し、他県からも多数の船が沖の島周辺に来て採取しました。その結果、「桃色サンゴ」も「赤サンゴ」も減少し、ほとんど中止の状態になりました。その後、五島列島、奄美大島、小笠原諸島や台湾、ミッドウェー沖で漁が盛んになり、当地方では今もなお、加工が盛んに行われています。
(説明板参照)




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四国のみち(四国自然歩道) 月山へのみち

サニーロードから分岐し、大月町の海岸めぐりの起点となるコース。途中に月山神社があります。

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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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