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龍王城 ~心して吹け 朝風夜風~

松前町から伊予市に入り、R56大洲街道を南下。
そのまま山間部を走り内子町へ入り、さらに南下し内子五十崎IC近くにある龍王公園が次なる目的地。



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龍王公園

公園は台地の上に作れれていますが、車で上まで登ってこられるので便利です(無料駐車場あり)。この公園がかつての龍王城の跡になりますが、どのあたりまでが城域であるかは不明。台地先端部分(公園マップの左側)だけなら普通の中世城郭の規模ですが、現在の公園範囲の台地全体だとするとかなり大規模な城郭ということになります。このマップの右側端には櫓風の展望台も描かれていますが、これはあの場所まで城域であることを暗に示しているのだろうか・・・



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駐車場からの展望櫓の姿。結構遠い。

櫓は後回しにして、まずは主郭部と思われる場所から見てみます。



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歴史民俗資料館(公園MAPには歴史民資料館とあったが誤記でしょう)

覗いてみようと思ったけど休館中。というか、全くやっている気配がありません。
調べてみたところH20.1月より休館中とのこと。これは事実上の閉館か。



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ちょっと登って台地先端の最高所に到着。ここがおそらく主郭部。
「龍王庵」という名の東屋や慰霊塔が建つ平場となっています。



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史跡 龍王城

この龍王台地からは、多くの石器、土器類が出土するので、早くから開発されていたと考えられる。

この台地に、越智(後の河野)喜多守が平安初期初めて砦を築き、七代目の益躬に至る間、居城していたとの伝承がある。

室町時代には、久保因幡守源高実が居城し、五十崎郷十一ヶ村の地頭職として、この地方を治めていたという。

天正の初めには、城戸直宗が居城したが、曽根宣高が土佐の長宗我部氏の援助をうけてこれを攻略した。そこで直宗は、河野氏の援兵によってこの城を奪還したるも天正五年(1577)7月14日夜再び宣高の猛攻を受け落城した。宣高は客将の河内駿河守吉行を城代として、この地域を統治させた。

天正十三年(1585)に豊臣秀吉の四国征伐にあい曽根城主の宣高は、征討軍の小早川隆景に降伏したので龍王城もついに廃城となった。

五十崎町教育委員会

昭和17年6月に詩人野口雨情がこの地を訪れ

心して吹け 朝風夜風 ここは龍王 城の跡

の詩を書き残した。

この詩は現在龍王老人休養ホーム(龍王荘)のロビーに掲示されている。 (説明板参照)


さすが童謡界の三大詩人、言葉選びが秀逸。
タイトルに使わせていただきました。



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その歌碑ですね



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鳥居側から降りると一直線の階段。城域は全体的に公園化による改変が著しいが、このあたりからは要害性を肌で感じることができます。



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続いて櫓方面へ。先の駐車場から歩いてくることもできますが、省エネのため車で移動。一応道は繋がっていて車を停めるスペースもありますが、途中の道は狭く正規の駐車場もないので、一般観光客が車で来ることはあまり想定されていないかもしれません(基本公園管理用の道路かも)。



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公園の展望施設ということはわかっていますが、雰囲気のある建造物は目を引いてかっこいいものです。



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櫓からはローラー滑り台が設置されています。これは下に何も敷かないで滑ると尻にダメージを負い、尻を守るために靴裏だけ接して中腰で挑むと頭上や左右の鉄柵に激突するという中々リスキーな代物。リスクをかいくぐる度胸があれば下に移動するには楽しい器具です。



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櫓の名称はその名も「龍王の砦

無料開放されているので中へ入ってみると・・・



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内部は殺風景な螺旋階段。足腰の弱い人は戦意喪失必至。

内子町HPによると、この龍王の砦は中世の砦を模した高さ18メートルの展望台で、子どもたちに大人気とのこと。子どもたちの姿など全くないが・・・



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頂上。もともと台地の上の公園の、さらに一番高い展望台の上なので眺めは最高。
内子町を一望できるという言葉に偽りなし。



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北側 

内子駅や内子高校、町並保存地区など。



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南側 旧五十崎町方面

小田川や大登山の景観。現内子町役場もこちら旧五十崎町側にあります。
新設対等合併の場合、自治体名と庁舎位置などでそれぞれバランスをとることはよくあります。



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矢印の小高いところが城の推定主郭部分

慰霊塔が建っているのが見えますね。



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所在:愛媛県喜多郡内子町五十崎
評価:★★☆

遺構はほとんど判別しませんが、要害性を感じることはできます。説明板も設置されていて〇。遺構の割に評価が高めなのは龍王の砦があるため。面白い施設があると評価上乗せしちゃいます。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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