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栃本関 ~秩父往還の関所~

秩父往還を雁坂峠側から秩父方面へ進むと、栃本の集落の一番端に栃本関の標柱と説明板が設置されています。



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目の前には「栃本関所跡」バス停。道路地図にも掲載されているので場所の特定自体は問題ありませんが、場所が分かってもここまで来るのはなかなか大変。駐車場はありませんので、周辺の路肩が広がっている場所を探して停車しましょう。関所の正面に停めるとおそらく通行の邪魔になります。



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国指定史跡 栃本関

江戸幕府は、関東への「入り鉄砲」と関東からの「出女」を取締るために主要な街道に関所を設けた。
栃本関は、中山道と甲州街道の間道である秩父往還の通行人を取調べるために設けられたもので、その位置は信州路と甲州路の分岐点になっている。
そのはじまりは、戦国時代、甲斐の武田氏が秩父に進出したとき関所を置いて山中氏を任じたと伝えるが、徳川氏の関東入国以後は天領となり、関東郡代伊奈忠次が慶長19年(1614)大村氏を藩士に任じたという。以後、大村氏は幕末までの藩士の職を代々つとめた。
しかし、藩士1名のみでは警備が手薄であったため、寛永20年(1643)、秩父側の旧大滝村麻生と甲州側の三富村川浦とに加番所を付設して警固を厳重にした。したがってその後、栃本関を通行の者で秩父側から行く者は、まず麻生加番所で手形を示し印鑑を受けて栃本関に差出すことに定められた。
関所の役宅は、文政元年(1818)と文政6年(1823)の2度にわたって焼失し、現在の主屋は幕末に建てられたもので、その後二階を建て増しするなど改造されたが、玄関や上段の間、および外部の木柵などには、関所のおもかげをよくとどめている。 (現地説明板より)




PB280162.jpg
雰囲気のある建物でした。



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所在:埼玉県秩父市大滝
評価:★★

国指定史跡に敬意を表して二つ星進呈。役宅も周辺道路も関所の面影を色濃く残しています。秩父往還を通行する者は、この関所を通過しないわけにはいきません。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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