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首里城② ~世界遺産・園比屋武御嶽石門~

守礼門を過ぎると、すぐに左手に石門が現れます。


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園比屋武御嶽石門

初見で読むのは厳しい。「園比屋武(そのひゃん)御嶽(うたき)石門(いしもん)」と読みます。

太字表記しているのは、城館として単独項目で掲載している城サイトもあるため。私も単独城館扱いにするか迷いましたが、単独にすると評価の付けようがなくなるので、首里城の項目内で掲載することにします。一応折衷案として首里城の項目内で単独の紹介ページとし、単体でリンクを張れるようにもしました。



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この石門は2000年に登録された世界遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」を構成する9つの史跡の一つということで、単体で世界遺産構成資産の一つに数えられています。城館として単独で掲載しているサイトもそのことを重く受け止めてのものと思われます。

石門とその奥の森を園比屋武御嶽といい王府の祈願所であった。石門は神社でいう拝殿にあたるが本殿に相当する建物がなく石門の後ろに広がる森がそれにあたるという。
石門の創建は尚真王時代の1519年。1933年には旧国宝に指定されたが沖縄戦で大破。1957年に復元され後に解体修理し1986年に完成した。
石門は竹富島の西塘の作と伝えられる。石材は主に琉球石灰岩を用い板葺唐破風屋根を表す。屋根の飾りなどに日本と中国の様式を合わせて用いた沖縄独特の優れた石造建築である。
(現地石板より)




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裏側 こちら側に広がる森が園比屋武御嶽

石門の背後にある森が園比屋武御嶽である。この御嶽は国王が各地を巡航する旅に出る際必ず拝礼した場所であり、また聞得大君(琉球王府の最高位の神女)が就任する時にまず最初に拝礼した、いわば国家の聖地だった。王家尚氏ゆかりの島である伊平屋島の神「田の上のソノヒヤブ」を勧請し、祭っている。もともとは今よりも広範な森であったが、現在では小学校の敷地となっている部分もあり、残されているのは一部である。

首里城歓会門と守礼門との間にある園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)がこの御嶽の礼拝所である。園比屋武御嶽石門は、1519年に第二尚氏王統第3代王の尚真のときに造られた。オヤケアカハチの乱(1500年)で王府軍が八重山へ出兵した際に、将の一人であった大里親方に見込まれ首里に連れてこられた西塘により創建されたという。

1933年1月23日旧国宝に指定されたが、沖縄戦の戦禍によって王城などとともに荒廃し、指定解除。1957年に復元され、さらにその後旧石門の残欠を再利用して修復作業が行われた。現在の石門を注意深く見てみると、明らかに摩耗の度合いが異なる部分があるのは、このためである。園比屋武御嶽石門は1972年にあらためて国の重要文化財に指定され、2000年11月首里城跡などとともに、琉球王国のグスク及び関連遺産群としてユネスコの世界遺産(文化遺産)にも登録された。

また、西塘によって作られた竹富島の国仲御嶽は、園比屋武御嶽の神を勧請した御嶽である。
(wiki参照)


ここで「園比屋武御嶽石門」のスタンプを押印。[3/25+1/2]

先は長い・・・


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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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