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三重城 ~「テンペスト」の中で~

中城城から本日宿営の那覇市街へ。沖縄での移動は距離が短いためにそれほど時間はかからないのではと見積もっていたのですが、県内はどこも全体的に交通量が多く、特に那覇市内は慢性的な渋滞気味。那覇市の渋滞はそこそこ有名みたいです。無理やり割り込んでくる割にはチンタラ走りをするというじいさんみたいな運転をする人も多く(本当にじいさんが多かっただけかもしれないが)、割り込むくらいならさっさと進めと思いながら、那覇港に面したロワジールホテルへ到着したのが18:33。ここが本日の宿営地・・・ではありません。



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史跡 三重城

ホテルの裏にある表示板。18時半を過ぎてもまだ探索可能なほど明るいので、最後に一つ短時間で探索できそうなところとして、事前にいくつか調べておいた候補の中からこの城を選んだのでした(当初は初日の半日の間に10城ほど探訪予定であった)。



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駐車場からは石垣が連なっている様子が見て取れるが、どの程度までが城の遺構なのだろうか。



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登城路は神社参道として整備されています。登り口の左手下には水神が祀られている拝所あり。



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城内に入り、先ほどの石積みを内部から。
いつの時代のものかは不明。



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拝所

この城は19世紀末の琉球王朝が舞台となる小説「テンペスト」の舞台としても登場します。この作品は後に仲間由紀恵さん主演のドラマ・映画にもなっています。

三重城と「テンペスト」について、「テンペスト」沖縄観光ガイドより抜粋します。

那覇港口にあった砲台跡が「三重城」です。16世紀後半、倭寇への防御のために那覇港北岸の海中道路が延びた先端の岩礁の上に造られたとされています。当時は城塞でしたが、近世以降は砲台としての役割を失い、那覇港を出港する船の見送りの場所となり、琉歌にも多く詠まれています。 三重城とは「ミー(新)グスク(城)」を意味し、対岸の砲台「屋良座森城(やらざむいぐすく)」の後に作られたことによる名称です。読谷・楚辺村の豪族、王農大親(わんぬうふや)による築造と伝わっています。
「グスク」と呼ばれるその城跡内には青々とした芝生が広がり、今なお残る石垣には琉球の歴史を感じることができます。また、グスク内には小さな神殿や水の神として奉られている遥拝所があり、手を合わせる人を目にすることもあります。遥拝所の対岸に、かつての屋良座森城を一望することもできます。

また、沖縄本島中部・読谷村にある複合型体験施設「体験王国 むら咲むら」近くに、当時の三重城が復元されています。これは、NHK大河ドラマ「琉球の風」のセットとして使用されたもので、青い海に向かって伸びる堤防、航海の安全を祈る拝所が見られます。かつて薩摩や中国に行く船を見送る場所としても利用された三重城の面影をしのぶことができます。なお、この復元は屋良座森城をモデルに建設したという説もあります。


小説「テンペスト」の中で…

三重城は真鶴が孫寧温として生きていく決意をした場所。そして寧温と浅倉雅博はここで出会い、やがて別れを告げました。
真鶴は女である最後の一日を三重城(ミーグスク)の頂(いただき)で海を眺めて過ごすことにした。雨上がりの景色はどこまでも澄み渡っている。那覇港の入り江のほとりにある三重城は航海安全を祈願する王国の拝所(ウガンジョ)である。この三重城は世界中の神と繋(つな)がる祈りの一大中継基地とされている。
(中略)
真鶴は簪(かんざし)を抜き、黒髪を潮風に泳がせた。
「真鶴、真鶴、真鶴、ごめんね。もう呼ばれることはないのね。こんな私でごめんね真鶴。私は男になるけど許して真鶴。きっとあなたに誇れる人生にするわ。だから涙を止めて真鶴・・・・・・」
真鶴は自慢だった黒髪を切り落とした。途端、軽くなったうなじが寒さに震える。真鶴は船を追いかける北風の中に髪を投げ捨てた。一篇の琉歌を手向(たむ)けて。
【真北風吹けば花髪別れ 白鳥の羽の旅やすゆら】
まにしかじふきば、はなからじわかり、しらとぅやぬはにぬ、たびゆしら
(私は北風に髪を捨てて男になるけれど、この髪は船の守り神となって広い世界へ旅してほしい)
(第一章 花髪別れ:単行本上巻32ページ 文庫本第一巻40ページ)

三重城で雅博が詠んだ琉歌〕
【あけ雲とつれて慶良間はいならであがり太陽(てだ)をがで那覇の港】
あきぐむとぅちりてぃ、きらまはいならでぃ、あがりてぃだうがでぃ、なふぁぬみなとぅ
(夜明けの雲が湧き出でてくると、慶良間の島々が雲の隙間から並んで見える。荘厳な日の出を浴びた那覇港は実に雄大な眺めである)
「評定所筆者主取の孫寧温と申します。あの・・・」
「私は御仮屋の浅倉雅博と申します」
なぜ彼の名を聞くのに一瞬躊躇(ためら)ったのか寧温にもわからない。薩摩の役人との交流なんて業務のうちのはずなのに。
(中略)
雅博に顔を覗(のぞ)かれたとき裸を見られた気がして反射的に目を逸(そ)らした。自分は一体どうしたのだろう。さっきから体が思うように動かない。自分はこんなに不自由な人間だったのか。それどころか胸の中が疼(うず)いて息が切れそうだ。心臓が孵(かえ)ったばかりの雛(ひな)のように鳴いている。
(中略)
「そんなに私の歌を気に入っていただけたのなら、どうぞこれをお持ちください」
雅博が短冊を寧温の襟元に挿した。指が微かに胸元に触れた瞬間、雛が一斉に鳴きわめく。雅博の爽(さわ)やかな笑顔に寧温は魅せられてしまった。
―私、どうしよう・・・・・・。
(第三章 見栄と意地の万華鏡:単行本上巻145ページ 文庫本第一巻201ページ)




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城内及び周辺の様子。先人たちの登城記を見ると城内に監視塔のような目立つ建物が建っていたのですが、撤去されていました。那覇港の対岸は軍港施設になっており、かつて港を監視する城として三重城と対になって存在していた屋良座森城は完全消滅してしまいました。
海岸傍まで降りていく道があったので、柵を跨いで降りて行くともう一つ別の拝所も見つけます。



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三重城全景

この城について調べたところ、大変参考になるサイトを見つけました。

<参照サイト>
三重城 ~那覇を守る台場から望郷の場所へ~



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所在:沖縄県那覇市西3丁目
評価:★☆

上記参照サイトに掲載の絵図を見ると、この城の立地の特異性というものが際立っていることが理解できると思います。現在は周囲は埋め立てられ特異性というものはなくなりましたが、海に面し港の先端に位置している名残は残っています。「テンペスト」については実は見たことがなかったのですが、興味を持ったので原作なりドラマなりを見てみようと思います。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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