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中城城④ ~護佐丸・拝所・ペリー・廃墟!~

謎の廃墟は大変気になりますが、城内の見どころを抑えることを優先しなければなりません。


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ジオラマより

一の郭から、残った南の郭、西の郭などを駆け足で探索します。



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一の郭西側城壁と拱門

グスクの城壁内部は全てが裏込石材となっており、雨水が抜けやすく、長雨が続いても崩れにくい構造になっています。沖縄は地震が少ないこともあり、本土の城郭の石垣よりも長い年月維持されやすいという特徴があります。とはいっても長年の経過により崩落の危険性が生じる部分もあり、この西側城壁も平成23年度にいったん石積みを解体し、25年度以降に積み直しが行われています。



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アーチ式城門越しに見る一の郭

城門の外側は南の郭に続きます。城内でも古い郭の一つで、複数の拝所が集中しています。



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拝所 雨乞イノ御嶽



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城壁に残る穴は暗渠?



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拝所 小城ノ御イベ(KUGUSUKUNO-OIBE)

通称:久高遥拝所。琉球王朝が崇拝する久高島を拝む場所か。



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拝所 御當蔵火神(UTUKURA-HINUKAN) 

通称:首里遥拝所。琉球国王を拝むための遥拝所で、首里の方角を向いているとのこと。



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南の郭から階段を下っていくと、眼下に門が現れます。



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正門

現在の料金所からは反対方向にありますが、こちらが本来の城の大手。櫓門形式であったといいます。
門の城外側は外枡形のような空間になっており、頭上の南の郭からの横矢を浴びる構造です。



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城址碑!

そういえばここまで世界遺産の石碑はあったけど、純粋な城址碑はこれが初めてだった気がする。
見逃さないでよかった。



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正門から城外側に出て左手に回り込むと、張り出す岩盤の下をくりぬいたようなカンジャーガマ(鍛冶屋跡)と呼ばれている場所があります。この岩盤の上が南の郭。
一説によれば護佐丸が阿麻和利に備えるために武具を作っていたところとも伝えられています。

カンジャーガマの前は芝生広場となっており、海も見渡せる気持ちの良い場所です。



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そして、西側正面には先ほど来から視界に入ってきている例の廃墟が聳えています。一応立ち入り禁止の表示もありますが、何があっても責任は取りません的な内容で、物理的には制限は緩く、簡単に内部へ入ることができそうです。

・・・しかし現時刻は17:20。その①で述べたとおり、17:30には入口のゲートを閉められてしまうので、この廃墟に立ち寄っている時間はありません。むう、残念。

ちなみにこの廃墟の正体は建設途中のまま工事が中断した中城高原ホテルの残骸で、40年以上放置されている廃墟にしては美観を保っているが、近年取壊しが検討されているとのこと。

いかにも廃墟マニアが喜ぶ構造物で、うまく活用すれば名所になりそうなものですが、さすがに公にPRすることもできず、隠れたB級スポット扱いになっています。個人的にはこういう廃墟も大好きなので、できれば存続(というか引き続き放置)してもらいたい気もありますけれど、いろいろ問題もあるのでしょう。自己責任の名の下で侵入して発生したいかなる事件事故について、問題発生の度に逆に高額の迷惑料を徴収するくらいのことをすればなんとかなりませんかね。さすがに無理か。

ネット上にはこの廃墟に潜入してその様子を詳細に記している方も多数見受けられます。潜入レポートの様子を見ると、建物の強度的な危険より、中でアブナイ人間に遭遇する危険のほうが高い気がします。



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ジオラマによると、廃墟方面には本来「ハンタ道」という公道が続いていたようです。

廃墟に後ろ髪をひかれつつも、速足で城内へ引き返します。



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正門から西の郭へ進むと、「ペリー探検隊のスケッチ場所」の表示があります。

『要塞の資材は、石灰石であり、その石造建築は、賞賛すべきものであった。石は・・・非常に注意深く刻まれてつなぎ合わされているので、漆喰もセメントも何も用いていないが、その工事の耐久性を損なうようにも思わなかった』(日本遠征記)



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探検隊一行の画家ハイネの絵「西の郭より正門を望む」のアングル。上の「スケッチ場所」の看板が読める位置に立ってもパンフレットに掲載の絵とは風景が異なり、逆方向を見て一致した光景が見つかりました。看板の向きを逆にしたほうが良いと思われます。

ハイネの残した絵によると南の郭に入る門(写真中央上)もアーチ式の門として描かれています。将来的に復元される可能性が高いと見ました。



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拝所 ナミナミノ御イベ

通称:長門御嶽。看板の向いている方向がおかしい・・・



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拝所 カワヤグラノ御イベ 通称:夫婦井戸(みーとぅがーMIITUGAA)

後に調べたところ、城内には八つの拝所があるとのこと。全部確認したのかな。
えーと、二の郭の「シライ富ノ御イベ」、一の郭の「中森ノ御イベ」、南の郭の「雨乞イノ御嶽」、「小城ノ御イベ」、「御當蔵火神」、西の郭の「ナミナミノ御イベ」に、この「カワヤグラノ御イベ」。あれ、全部で7つだ。
あ、あと一の郭の立ち入りできないところにもう一つ拝所の看板があったか。これで全部で八か所。確かに。



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三の郭前の広場に戻ってきました。崖の淵から望むと、連郭式の城の様子がよくつかめます。太陽が逆方向に沈んでいくところなので影になって写真写りが悪いのがもったいないところ。



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見どころ満点で大満足なり。

・・・なんて悦に浸っている場合ではなかった。時計を見ると時刻は17:29。
ここからダッシュでゲートへ戻ると、まさにゲートを閉めようとしているところだった。ちょっと待って~。



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所在:沖縄県中頭郡中城村泊
評価:★★★★★

タイトルにあるような見どころが満載の大変面白いグスク。ストーリーの中核になるのはやはり護佐丸でしょう。護佐丸は王府軍を率いてきた阿麻和利に反撃することなく、妻子とともに自害し忠臣として歴史に名を刻みました。この乱の真相は不明ですが、もしこの時護佐丸が中城城に籠り徹底抗戦していれば、阿麻和利はまず落城させることはできなかったことでしょう。それほど見事な城です。近年阿麻和利は地元の英雄としての評価が高まっていますが、護佐丸も負けずにPR合戦をしてお互い高め合うのが面白いんじゃないかと思いますよ。「まともに戦えば肝高の若造などまだまだ足元にも及ばん」くらいの挑発とかしちゃったりしてね。
あ゛、時間ぎりぎりのどさくさに紛れて護佐丸の墓に立ち寄るの忘れた!
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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