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円珠庵鎌八幡

心眼寺から、明星高校を挟んでちょうど対角線上に位置する円珠庵。
ここも真田丸めぐりのスポットの一つに挙げられています。



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餌差町交差点の北西角に位置する円珠庵。鎌八幡のエノキの御神木も見えます。

鎌八幡(かまはちまん)
元和の大坂冬の陣の時真田信繁(幸村)が、陣所内にて当時信仰を集めていた御神木に、「鎌八幡大菩薩」と称して慣例に習い鎌を打ち込み、必勝を祈願したところ、大いに戦勝をあげたと伝承されている。江戸時代以降は、真言宗の祈祷と結びつき、現在の形の「悪縁を断つ鎌八幡」として信仰を集め、現在に至っている。 (wiki参照)




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遠い昔、このあたりは三韓坂と言われた古道で、そのわきに一本の榎の霊木があり、人々の信仰を集めていた。
下って、大阪冬の陣のとき、真田幸村がこの土地に陣所を構えたが、この信仰を聞き伝えて、鎌を打ちつけ、鎌八幡大菩薩と称して祈念したところ、大いに戦勝をあげたと伝えられている。
江戸時代初期には、この鎌八幡の境内に、国文学者として有名な高僧契沖阿闍梨が居を定め、円珠庵と称した。契沖は、ここで万葉代匠記や和字正鑑要略を著し、国文学の研究に専念すると同時に、深く鎌八幡を信仰した。この頃から「鎌八幡」は「祈とう寺」として、人々の信仰が広まった。
大正11年に、境内全域が大阪市では最初の国の史跡指定を受けたが、境内の大部分は、戦災で損壊したあと復興したものである。その間、霊木は蘇生し、絶えなる信仰と多くの霊験が得られている。
(現地「由来書」より)


それではいざ境内へ・・・?



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おっと残念、境内は撮影禁止

ということで撮影はせず、通常モードで鎌八幡の参拝のみ行いました。
内部は普通のお寺さんで、真田関係の表示もなかったと記憶しています。


次回 総括
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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