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名護城 ~名護按司の居城・ナングシク~

豊見城市のレンタカー会社から豊見城東道路~南風原道路を経由し沖縄道入り。北海道横断や九州・紀伊半島一周をはじめ本土内を走り回った経験から、沖縄県内の移動にはさほど時間はかからないだろうと若干甘く考えていたのですが、なかなかどうしてこの沖縄道区間は距離がありました。細長い沖縄の島の形状から、南北の移動は意外と時間がかかるということを実感した次第です。沖縄市のあたりを走行していた時に天気予報通りついに雨が降り始め、北上するほど雨足が強まります。金武~宜野座区間はスコールといった感じの土砂降りでこれは城館探訪どころではないという状態でしたが、終点の許田ICに近づくと雨脚が弱まってきて一安心。最後の最後、許田IC出口で大渋滞になり何か事故でもあったのかと思ったほどでしたが、並んでる車は皆一般ゲートから出る車の列で、ETC専用レーンはスカスカ状態。ここで100台以上の車列を一気に抜かしましたが気持ちよかったですねえ。あの車列の人たちは沖縄の人か、それとも観光客なのか。いずれにせよこの道を走行する人たちはETCカードを使わない人が多数派なのでしょうか。本土では考えられないことです。

一般道に降りR58を北上。名護市街地の東にある名護中央公園内の名護城から沖縄の城館探訪開始。


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名護城公園南口。地面はびしゃびしゃですが雨は上がり傘は必要ない状態。名護城公園は日本さくら名所100選に選ばれており、約2万本のカンヒザクラが日本一早いさくらとして沖縄の春を告げています(「名護さくらまつり」は毎年1~2月開催)。


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公園案内図

名護城公園は琉球政府時代の昭和38年7月に広域公園として都市計画決定され、今日に至ります。この案内図だと一見どこが城域なのかわかりにくいのですが、丸で囲ったところが名護城部分になります。



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名護城と書いてナングシクナングスク)と読みます。「なごじょう」と読んでも構わないと思いますが、現地表記のほうがなんとなくかっこいいのでお気に入り。

近世の字の集落跡で、グスク頂上部から中腹付近にかけてグスク時代~近世の遺物が採集されます。ナングスクは防御施設である堀切を二重に設けた、石垣を持たない土のグスクで、グスク全体を考えるうえでも高い価値を持つグスクです。 (ナングシク遺跡群説明参照)


名護城は、名護人発祥の地である。十四世紀の始めごろ、北山(今帰仁城)統の名護按司(領主)は、今帰仁から分れてこの山上に城を構え、周辺の丘陵には、按司の統治をする領民が住んでいた。それから約二百年の後、尚真王の中央集権によって、名護按司とその一統が首里へ引上げたので、残された城村の住民は、思い思いに平地へ移住した。名護人は、それ以来、この地に氏神を祭って尊崇し、今日に至っている。 (現地石碑参照)




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公園入口からナングシクに建立された名護神社へ続く参道



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同じく参道(中腹部分)

下から登ってくると結構大変そうです。
 


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標柱発見

公園内の車道を登っていき、名護城の案内表示の出ている場所で右手に入ると標柱のあるこの場所まで車で来ることができます。雨の影響か最後の登り道が若干荒れていました。ここから右の平坦な道は名護神社へ続く参道、写真にある左の階段を上ると名護城へ続きます。



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主城域へ続く登り階段

先ほど来の雨の影響で階段脇の側溝には上からものすごい勢いで水が流れてきています。



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主郭に到着

このグシクに、いつの頃から人が住みはじめたのか定かではありませんが、これまでに採集された中国製磁器類・カムィヤキ・高麗系瓦・土器などのさまざまな遺物からすると、少なくとも今から約600年前(14世紀)のことだと考えられ、名護按司の居城として伝えられています。その頃は「グスク時代」と呼ばれ、奄美諸島から八重山諸島にいたるまで、人々は「グスク(グシク・スク)」と呼ばれる小高い丘の上に暮らしていたようです。 (主郭説明板より抜粋)



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説明板にあった平面図

このグスクには石垣はありませんが、背面には深さ3m、8mの二重の堀切が残っています。またグスク内には数か所の拝所があり、大切な信仰の場所となっています。



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奥へはロープが張られ立ち入りが制限されている感じだったので、主郭の探索のみで引き返しました。



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拝所と『神アサギ』



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『神アサギ』の脇から下に降りる階段が続いています。非常に怪しい道でしたが先ほどの平面図を見ると下の神社に続いているようだったので、こちらの道を下りていってみます。落ち葉の降り積もった急勾配の石段は雨に濡れて滑りやすく、いつものごとくハイスピードで下るのは極めて危険。



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でっけーかたつむり!

ハイスピードで下っていたので危うく踏ん付けるところだった。あぶなし。
さすが沖縄、巨大カタツムリが生息しているんだな・・・などと興味を持ったので少し調べてみたところ、このカタツムリは「アフリカマイマイ」で、沖縄でよく見かける種類だが、もとは外来種なんですね(世界の侵略的外来種ワースト100選定種)。でかいと思ったのも当然で、世界最大の陸産巻貝の一種なんだそうな。

<参考>アフリカマイマイ(wiki)沖縄の危険生物!アフリカマイマイに触るな!うまい!?

上記参考サイトを見ると、なかなかシャレにならない事態になったこともあるようですね。「道路上一面を本種が占め、自動車が本種を踏み潰しながら走る光景が日常的であったとさえ言われる」とか・・・



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まるでジャングル

さっきの巨大カタツムリ発見で衝撃を受けているので、足元により注意しながら先へ進んでいます。
しばし石段を下りていくと名護神社の鎮座する開けた場に出ます。



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名護神社 拝殿

wikiには火の神(ヒヌカン)を祀るとありますが、[要出典]がつけられているので何とも言えません。
拝殿の手前には鳥居があり神社の形式になっていますが、拝殿の形状はやはり沖縄独特のものを感じます。



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拝殿内から見た本殿



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頂上の鳥居から見た参道石段。これを下ると、上で紹介した中腹部分の参道鳥居のところに出ます。
はじめの公園入口からここまで石段は620段ほどあるらしいです。かなりきついですね。



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神社から灯篭が並べられた参道を進むと車を停めた入口の場所へと戻ります。



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拝所の一つ『掟神屋』

最初はただの廃墟かと思ってスルーしましたが、主郭説明板から拝所の一つであることが判明し、わざわざ階段を少し上って撮影しなおしたもの。ここと主郭にあった『神アサギ』のほか、『根神屋』『フスミ屋』『祝女殿内(ヌルドゥンチ)』と呼ばれる信仰の場があります。





所在:沖縄県名護市名護
評価:★★☆

石積みのないグスクで、背後を二重堀切で断ち切っているところなどは本土の中世城郭的な作りです。遺構面だけなら二つ星相当ですが、印象面で0.5プラス。沖縄のグスク特有の「拝所」というものを知るにはいいところでした。この「拝所」は今後多くのグスクで登場してきます。


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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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