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九度山真田屋敷 ~真田親子隠棲の地~

太田城からはR24で一路九度山へ。途中京奈和自動車道(無料区間)に乗り損ねた挙句余計な遠回りをしたりしつつも、ほどなく九度山町へ到着。九度山橋を渡ったところで世界遺産の慈尊院を指し示す案内があり、そちらにも寄ってみたかったものの、時間が押し気味であったため断念。同じく世界遺産の丹生官省符神社、高野山町石道などとともに、またの機会に。



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町営駐車場。無料で広さもあり、真田庵直近の駐車場ということで非常に便利。私の訪問時にはすんなり駐車できましたが、この駐車場は真田庵見学者のほかにもにも利用者があるような感じで、特に2016年大河放送期間中は満車になる可能性も大きくなると思われます。九度山町の中心部は限られた平地に建物が建ち並んでおり、道路は狭く入り組んでいます。路駐はまず不可能ですので、ここの駐車場が満車の場合は少し手前の道の駅に駐車しましょう。十分徒歩圏内です。



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案内表示に沿って細道に入ると、すぐに真田庵に到着です。



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真田庵正門(長屋門)



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長屋門内には絵馬や真田庵由緒など。目を通しておきましょう。



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奥にあるのは真田昌幸の墓碑

善名称院(ぜんみょうしょういん)は、和歌山県九度山町にある高野山真言宗の寺院。真田昌幸・信繁の蟄居時代の草庵跡と伝わる場所であるが、諸説ある。和歌山県の史跡に指定。別称は真田庵(さなだあん)。牡丹の名所としても知られ、城郭風の本堂の八棟造も有名である。
寛保元年(1741年)に大安上人が、真田昌幸の庵跡と伝承のあるこの地に、地蔵菩薩を安置した一堂を創建したのが始まりである。
慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで西軍に属して敗れた真田昌幸・信繁父子は、女人禁制の高野山(蓮華定院)に配流の身となった。しかし、妻を連れていたために九度山に移され蟄居生活を送ったとあるが、理由には諸説ある。善名称院には、その庵の址があったと伝わるが、庵は遍照寺の近くにあったという説など、諸説がある。後世、真田親子の講談が人気となり読まれ、訪れる人も増えて近年は観光化され、別称・真田庵と呼ばれるようになり、資料館なども併設、開館された。 (wiki参照)




PA090047s.jpg石碑



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県指定文化財  真田屋敷跡   昭和51年3月11日指定

戦国の武将、真田昌幸・幸村父子は慶長5年(1600)関ヶ原の戦で西軍に味方して敗れ、高野山に配流の身となったが、後、九度山のこの地で閑居生活をした。
昌幸は、慶長16年(1611)再起を願いながらこの地で65歳の生涯をとじた。
幸村は、慶長19年(1614)子、大助ら一族と共に、九度山のこの地を出て立ち大坂城に入城、大阪冬の陣、夏の陣で奮戦、元和元年(1615)茶臼山付近で壮烈な最後をとげた。
その後、江戸中期の寛保元年(1741)大安上人によって善名称院(真田庵)が創建され現在に至っている。




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2015年は大坂の陣から400周年

真田大河をやるなら2015年にしておくべきでしたね。



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土砂堂(町指定文化財)



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雷封じの井

慶長年間幸村(信繁)が真田屋敷に落ちた雷を井戸に封じ里人を救ったと伝わる。



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本堂(町指定文化財)

軒先に六文銭帖なる記録ノートが置いてあったので記入しておきました。



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真田地主大権現

真田家の宝物である毘沙門天と真田三代の御霊を合祀。



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真田宝物資料館

拝観料200円。このお金はお堂の修復や牡丹の花の管理などに使用されているとのことです。



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桃園天皇御装束・真田紐の由来・兵法の書・槍先や鎧兜などの武具・書状・肖像画・陣幕・水馬の鐙・昌幸自作の木彫の犬など、小さな資料館ですがなかなか面白い展示がされています。
撮影禁止の表示はありませんでしたが、一応写真公開は最小限にとどめておきます。



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六文銭



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周囲を一回りして真田庵を後にしました。



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所在:和歌山県伊都郡九度山町九度山
評価:★★

今回の評価は印象値の上乗せがほとんどで、遺構そのものはないのでそちら目当ての人にはお勧めしません。表示物や展示資料が多く、歴史好きな人、武将ゆかりの地を巡りたい人は堪能できる場所です。近隣には真田の抜け穴といった見どころもあり、真田好きの人は一度は訪ねておきたい場所でしょう。真田丸では九度山編がどの程度描かれるのか、楽しみでもあり不安でもあります。たくさん尺とってほしいなあ。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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