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弥勒寺山城 ~雑賀合戦の雑賀党本陣~

湯浅城からはR42熊野街道を一路和歌山市街へ。R42は有田市で有田川沿いに経路をたどることになりますが、ここでスーパー渋滞が発生。おまけに目の前には大型車が連なっておりストレスもマッハ。私の技術なら1台や2台くらいの大型車だったらあらゆる合法的手段を使って抜かすことができるわけですが、さすがにあれだけ連なっているとどうしょうもありません。海南市の市街地に入ったあたりでトロいトラックをまとめて抜き去り、ようやく精神に安定の時が訪れます。



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海南市から和歌山市に入り、和歌川を渡って少し進むと右手前方に丘陵が見えてきます。
この丘陵に築かれたのが弥勒寺山城で、現在は秋葉山公園となっています。

天正五年(1577)織田信長の紀州攻めに対して、雑賀衆の有力豪族である鈴木氏や土橋氏は雑賀城を中心に周辺に城砦を多数配置してこれに備えます。このとき弥勒寺山(秋葉山)にも城を築き(弥勒寺山城)、本陣として3千人の兵が立て籠もったと伝わっています。



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適当に山に向かって入っていったら、中腹にある県民水泳場の敷地に入ってしまいました。この中には入らず、とりあえず車道の奥まで進んで車を停めさせてもらおうかと思ったところ、車道の一番上は建物の入口正面みたいなところにつながっており、車を駐車できるようなスペースは全くなし。ナビの地図をよく見ると公園の北側から車道がつながっているように見えたのでそちらに回ったところ、こちらはなんと工事中で全面通行止めになっていました。これなら初めから水泳場の駐車場に停めておけばよかったかもなどと思いつつ、この後メインの和歌山城が控えていたのでさっさとそちらへ。



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所在:和歌山県和歌山市秋葉町秋葉山
評価:

公園へは他のところから登れたかもしれませんが、城址碑もないということなのであっさり断念。遺構も残っていないとのことですが、地形そのものは要害であり、雑賀孫市が信長を迎え撃つためにここに城を築いたことも納得できます。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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